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次の日・・・連日行くのはどうかとも思ったけど、足の怪我がどうなったか心配で藍微塵に顔を出した。
時間は10時過ぎてから。牧野が帰る時間まで飲むのならそのぐらいがいいだろうって思ったから・・・それに早く行き過ぎたら牧野が困るだろうから。

でも、店に入ったらマスターが1人で牧野の姿はなかった。
それに客も男性の2人組が難しい顔してテーブル席に座っていて、マスターはカウンターの中でグラスを拭いていた。


「いらっしゃいませ。やっぱりお見えになったんですね?」
「・・・ま、いや、華さんは?」

「華ちゃん、熱出しちゃったんですよ。昨日濡れたまま薄着で仕事させたからでしょうかね・・・申し訳ない事をしました。お客さんは?風邪引きませんでしたか?」
「俺は全然・・・そう、熱出したんだ。大丈夫なのかな・・・」

「・・・心配ですか?」
「当然でしょ。捻挫だってしてるし、あの後もバスに乗ろうとして転けそうに・・・いや、何でもないです」

「お帰りになりますか?それとも・・・」って昨日ボトルキープした物を手に持ったから「一杯だけ・・・」そう言ってカウンターに腰掛けた。


琥珀色の酒がコトンと俺の前に置かれ、アーモンドのつまみだけ。
「華ちゃん居ないからすみませんね」なんて笑うマスター・・・昨日、さりげなく帰り道を教えてくれたこの人なら、少しは話してくれるかもしれないと、牧野がここに来た時の事をもう1度聞いてみようと思った。

「マスター・・・華さんってさ、どうしてここに来たの?飲み屋で働きたいって彼女が言ったの?」

「・・・どうだったですかねぇ。昨日もお話しましたが、華ちゃんが働き出した頃の事なんて覚えてないんですよ。最近の事だってあやふやなんだから」

「そんな歳じゃないでしょ?それに雇ってるんだから知らない訳がない・・・本当の名前も住所も知ってるはずでしょう?」

「・・・華ちゃんは華ちゃんです。それ以外の名前は知りません」


決して喧嘩腰じゃない。むしろ本当は話したいと思ってるような気もする。
あの牧野がここを選んだのなら、この人は彼女が信じた人・・・悪い人ではないはずだ。


1杯目の酒が終わる頃、奥のテーブルの客が帰り支度を始めた。
彼等が帰るとこの店には俺とマスターだけ・・・そうなったら話してくれるんじゃないだろうか。それを期待して2人きりになるのを待った。
そしてすぐに彼等は店を出て行き、カウンターを挟んで2人になったから、今日この後の時間を貸し切りたいと申し出た。


「ははっ・・・面白い事を言われるんですね、花沢さんは」

「ダメですか?私は知りたいんです・・・どうして彼女が隠れるようにして東京に住んでいるのか。名前まで変えて済むぐらいなら東京を出て知らない土地で暮らしてもいいはずなのにどうしてそれをしないのか・・・2年前からの彼女の行動が判らないんです。
何が牧野を苦しめているのか知りたい・・・知って救いたいんです」

「・・・牧野、と言う人の事は知りませんがね・・・」


マスターは入り口に「CLOSE」の札を出した。
「これは貸し切りの意味じゃないですよ。もう今日は閉店って事です。どうせこの時間から人は来ませんからね」・・・穏やかな声でそう言うとカウンターの中に入って、それまで締めていたネクタイを外した。

シャツのボタンも1つ緩めて「失礼していいかな」って煙草を出し、ライターで火を付けて静かにふかした。


「あなたが知っている事でいいから教えて欲しい・・・お願いします」
「昨日のように独り言、ですよ?」

「くすっ・・・はい、構いません。口を挟むかもしれませんが独り言を続けてください」


「・・・2年か・・・確かにそのぐらい前になるかなぁ。店休日の夕方、1人の女の子がこの店のもっと奥の方の小さな公園のジャングルジムの1番上に1人で座っててね。いい大人なのに何をしてるんだろうって思ってさ・・・声を掛けたら、それが華ちゃんだったんだよね・・・」

「ジャングルジムの上?・・・あはっ、判る気がする」

「今思えば何で俺も声を掛けたんだろう。今は傍に居ない娘に似てたから・・・かな」

「娘さん・・・?」

「・・・若い頃には馬鹿ばっかりやってね。妻が娘を連れて出ていってしまったんだよ。ははっ・・・もう何歳になるんだろう。別れた時は5歳だったな。今は・・・22かな?23かな。華ちゃんの横顔が娘に見えてね・・・淋しそうな顔をしていたから放っておけなかったんだよ。これ、華ちゃんは知らないから内緒だけどね」


マスターの話は続いた。
牧野は声を掛けられてもずっと黙ったまま夕日を眺めてて、何度目かの呼びかけで降りてきたらしい。そして今度は近くのベンチに腰掛けて、仕事を探しているって言われたそうだ。
だけど条件が多かった・・・出来たら偽名で働きたい、昼間に大勢の人に会いたくない、都心の高層ビル群の人間との接触が少ないところ、出来るだけ庶民的なところ・・・ひっそりと静かに働きたいって。

田舎に行けばいいと言えば東京から離れたくない・・・その理由は「大事な人と過ごした思い出の街」だから。



『その人、今は日本にいないんですけどね・・・でも東京に住めば傍に居る気持ちになるんです。でもね、もう会うことは出来ないんです。2度と会えない・・・もしあったら彼が不幸になるんです』

『その人は君の事をよく知ってる人なんだね?だから偽名で会わないようにしたいの?それを彼はどう思うんだろうか・・・君が行方を眩ましたことを悲しく思うんじゃないのかい?』

『・・・それは判りません。特別な関係じゃないんです。私にとっては特別だったけど、彼にしてみたらただの友人・・・じゃないかしら。ほんの少しだけ特別な友人かな?居なくなったら捜してくれるかなぁ・・・それも自信ないんですけどね』



何故その人が不幸になるのか、誰からそうしろと言われているのか・・・それは話さなかったらしい。

自分が道明寺ホールディングス後継者の婚約者だったとは言わなかったんだ。
あれだけ報道はされていたけど普段着に変わると誰にもバレない・・・司と並んでいた時は眩しいほど光り輝くアクセサリーと派手なドレスだったもんね。
ジーンズにスニーカー、トレーナーにジャンバーになった途端、誰からも振り向かれない。

それなのに名前を変えてまでこの街で暮らしたかったの?

その大事な人って・・・俺は自惚れてもいいの?


「店で働き始めた頃はスーツ姿の人を見てはビクビクしていてね、何処の会社の人かって俺に聞くけど全部知ってる訳じゃない。そのうち小さな会社の人しか来ないって判ってホッとしたらしく、お客さんと会話が出来るようになったかな。
でも、1度だけ華ちゃんが怖がった事があったなぁ」

「怖がった?誰に・・・いや人じゃなくて?」

「名前・・・なんだけどね。お客さんの1人が何かの契約で失敗したって話で随分荒れててね。華ちゃんが慰めていたら『花沢が何だってんだ!』って怒鳴ったんだよ。そうしたら華ちゃんが驚いてグラスを落としてしまって、それでお客さんが1人怪我をしたんだ。いや、軽い怪我だけどさ・・・」

「花沢・・・その名前を聞いて?」

「可哀想になるぐらい震えたから、お客さんも切り傷の事で華ちゃんが狼狽えてると思って逆に慰めてくれたけど、その後も帰るまで俯いて考え込んだから判ったんだ。花沢って名前を怖がったんだって」

「・・・・・・」

「だからあなたの名前を見て気がついた・・・花沢って言うのはこの人の事かってね」


マスターは数本吸った煙草が無くなったようでグシャッとケースを潰し、ゴミ箱に捨てた。
そして一杯だけ自分もグラスに酒を入れ、ゆっくりと口に運んでいた。


「・・・あなたの言う通り、俺は雇い主だから知らないってことはないが、約束してるんだ。だからあの子は華ちゃん・・・そう言うしか無いんだよね。アパートはここからそう遠くないって知ってるけど、正確な場所は知らないんだ。
多分小さな小鳥を飼ってるはずだよ。1人じゃ寂しすぎるからって言ってね・・・」

「小鳥?そうなんだ・・・独りぼっちじゃないんだ」

「話し相手になるかどうかは知らないけどね・・・可愛がってるようだよ。さて、独り言も終わろうかな」


もう掃除をして締めて帰るからと言われ、俺も帰ろうと席を立った。
そして入り口のドアに手を掛けた時、マスターが思い付いたように言葉を掛けてきた。


「最後の独り言だ。小さな建材会社を持ってる坂本って人だけど華ちゃんに随分気があるみたいだ。プロポーズするチャンスを狙ってる、俺にはそう言う風に見えるんだけどね。華ちゃんにその気は無いようだし・・・」

「・・・そう」

「俺としては華ちゃんの本当の幸せを願うからさ・・・何かがあの子を縛り付けているなら、誰でもいいからそれを解いてやって欲しい。そしてあの子の全部を守ってやってくれる人が現われないかと思ってるよ。あの公園のジャングルジムに登らなくてもすむようにね・・・」

「色々ありがとう、マスター」
「いや・・・」


藍微塵を出たのはもう0時を回っていた。
牧野・・・今頃1人で苦しんでるんだろうか。


牧野のアパートを知らない俺は行くことも出来ない・・・頭の中には公園で夕日を眺めていた彼女が浮かんでいた。





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2019/03/23 (Sat) 02:14 | EDIT | REPLY |   
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2019/03/23 (Sat) 07:17 | EDIT | REPLY |   
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2019/03/23 (Sat) 09:04 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

シナモン様、こんにちは。

独り言・・・つくしちゃんに勝ちましたかね(笑)
まぁまぁ、そこは置いといて。

ジャングルジム・・・えぇ、そのてっぺんから落ちて病院に行ったのは私ですけど・・・なにか?
夕日ではございませんが、ジャングルジムに乗ったらサクランボの木に手が届いたんですよ。

えぇ、サクランボ(多分食べられないヤツ)欲しかったんです。

実話が色んな所にあります・・・はい。

2019/03/23 (Sat) 17:01 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

ビオラ様、こんにちは。

あはは!その言い方(笑)
坂本さん、可哀想じゃないですかっ💦まぁ、私もこの人はあまり好きな人じゃありませんが。

そうですねぇ、闘わないといけませんね。
あっちともこっちとも・・・どうやったらつくしちゃんが自分の殻を破って出てくるかなので。

頑固者とストーカーの根気比べです(笑)

2019/03/23 (Sat) 17:05 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

まりぽん様、こんにちは。

そうですねぇ・・・司君の愛し方と類君の愛し方は両極端何ですよね。このお話では・・・。
(足して2で割れよ!的な)

それに挟まれるつくしちゃん・・・ある意味凄く羨ましいが(笑)

独占したい愛情と見守る愛情・・・苦しい愛され方と触れられない愛され方。
この対比を書いてみたかったんですが、坂本さんが思ったより邪魔者だった(笑)

どうなるんだろう・・・この人達。

母のような愛情で見守ってくださいね♥

2019/03/23 (Sat) 17:13 | EDIT | REPLY |   

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