FC2ブログ

plumeria

plumeria

「坂本さん、そろそろいい時間ですよ?明日もお仕事じゃないんですか?」

「・・・うん、そうだね。そろそろ帰ろうかな」

飲み屋がこんな言葉を出すのも珍しいかもしれないけど、このお店は評判なんて気にしない。坂本さんだけになってお店を開け続けるのもある意味では不経済だから、キリのいい時間に声を掛けることは極希にあった。
今日がたまたまそんな日・・・マスターは早々にテーブル席を片付け始めていた。

坂本さんが席を立ってお会計を済ませたら、ドアの外まで行ってお見送り。
軽く手を振って「また来てくださいね、お気を付けて」、そう言うと彼も片手をあげて表通りに消えて行った。


バタンとドアを閉めて鍵を掛ける。そうしたら「ふうっ・・・」って溜息が出た。

「・・・もう具合はいいのかい?熱の後だから疲れただろう?つくしちゃん」
「え?あぁ・・・あはは!もう学生の時みたいな元気ってないですよねぇ!あのぐらいで風邪引くなんて思わなかったわ」

「足は?痛まない?・・・彼、気にしていたよ?」

「・・・彼?あれから来たんですか?」


マスターがレジの精算をしながら苦笑いをした。
私はドアから離れてカウンター内に戻り、そこでグラスやお皿を片付け、ほんの少しの洗い物をする・・・毎日の閉店作業で、いつもならこの時に1日の出来事を話したりするのに無言のまま。
マスターがレジを締め終わったら、裏口からゴミを捨てに行って終了・・・私は春物のカーディガンを羽織ってマスターの前に立った。

「彼、来たんですか?何か言ってました?」

「つくしちゃんの事を教えてくれってね。凄く真面目な顔して言われたけど」
「話したの?」

「・・・君がつくしちゃんだなんて言ってないけどね。ここに来た経緯を頻りに聞いてきたよ。だから雇った時の事と、ここでは楽しそうに働いてるって言っておいたよ。華ちゃん、としてね」

「そうですか・・・風邪、引いてなかった?」

「あぁ、元気そうだったよ」


「・・・じゃ、お疲れ様でした!」

馬鹿だな・・・来たって聞いただけで嬉しくなるなんて。
会っちゃダメだってあれだけ言ってるのに・・・もう来なければいいって何度も願ったのに、それでもなんて心は正直なんだろう。

店の裏口から出て表通りに行くまでの間、多分笑ってたと思う。
誰かが見たら絶対気持ち悪いって思うぐらい。

「風邪・・・引かなかったんなら良かった。花沢類も凄く濡れてたもんね。私がタクシーに乗る時なんか髪の毛から水が滴り落ちてたもん・・・ホント、良かった」


そしてこの前はここを曲がったら花沢類が待ってたよね・・・・・・そう思ったビルの前、今日は坂本さんが居た。

私の顔は途端に元に戻った。
会いたいのはこの人じゃない・・・今日は素直な私の心がそう呟いた。


「・・・そんな顔しなくても良くない?華さん、待ってたんだよ」
「待っていただかなくても早くお帰りになったらいいのに。前にも言いましたよね?私、1人で帰るのが好きなんです」

「うん、覚えてる。でも、今日の華さんを見たら・・・自分の気持ちを伝えたくなったんだ」
「坂本さんの気持ち?そういう話なら私はもう・・・」

何となく判ってたこの人の気持ち。
でも、その言葉を聞いても私には受け入れることは出来ないから聞かない方がいい・・・それに「華」はあの店だけの人だから、恋なんて出来ない。
恋をしても「華」は存在しないんだもの。


いや、恋をしたら「牧野つくし」に戻ってもいいんだ。
花沢類が帰ってきたんだもの、一生「牧野つくし」を隠し続けることが出来ないのなら、いっそ他の人に・・・いや、やっぱり考えられない。
それこそ自分に嘘をついちゃう・・・「華」と名乗る以上に苦しい思いをする事になる。そんなのはイヤだ・・・


「華さん・・・君の事が好きだ。俺と付き合って欲しい・・・将来を考えてるって意味なんだけど」

「・・・は?」

「いや、こんな所では言えないけど・・・そういう意味で言ってるって事だけ判ってもらえたらいいんだ。正式な言葉はもっときちんとした場所でしたいから。まずは俺と恋人になる事を考えてくれないかな、華さん」

「・・・将来?」

「俺と恋・・・始めない?」


ちょっと待って?
私は坂本さんの気持ちを聞かないようにしてたのに・・・今、この人、将来って言った?
好きだって言葉も聞こえた。付き合って欲しいって言うのも聞こえた。将来を考えた意味って・・・・・・結婚って事?

もう走る車さえ少なくなった通りの歩道で、坂本さんと向かい合ったまま呆然と立っていた。


「華さん、今日は送るだけでいい。出来たら返事・・・早い方がいいな。あんまり時間掛けられると辛いから」
「・・・あっ!それなら・・・」

「今はいい。即答しなくていい・・・少しは考えてよ。俺、本気だから。タクシー、停めるね」


・・・・・・即答で断わろうとしたのを止められしまった。
それでも断わればいいのに、素直に言うことを聞いて黙ってしまう・・・考えても結論は同じなのに。

そしてタクシーを停めると言われたから、慌てて断わった。


「いえ!あの・・・正直に言います!私、住所を誰にも教えたくないんです。ちょ・・・ちょっと理由があって。だから送っていただくのはお断りしてるんです。ごめんなさい!だから歩いて・・・うん、歩いて帰りますから!」

「・・・1人で帰るのが好きなんじゃなくて?」
「そうなの!実はそうなんです・・・だから、1人で帰りたいんです」

そう言えば一緒に帰るのは諦めてくれるだろうと思ったのに、やっぱりニコッと笑いながら坂本さんはタクシーを停めた。
そして私を呼んで、運転手さんには「この人を家まで送ってください」とだけ・・・自分は乗ろうとしなかった。

「坂本さん?」

「正直に話してくれてありがとう。送れないのは淋しいけど、言ってくれて嬉しかった。華さんのその変化が何故かは判らないけど、今日は凄く・・・可愛かったよ。じゃあ、俺は別のタクシーで帰るから」


バタンとタクシーのドアは閉められて、静かに走り出した。
彼は軽く手を振って私を見送って・・・私はその姿が見えなくなるまで振り返って見ていた。




*********************



牧野に気がつかれないように小型の車を用意して、藍微塵あいみじんの近くの路地で出て来るのを待っていた。
フィアットのディテラニアン ブルー・・・この車なら暗闇に隠れて判らないだろうと思って。

住所を聞いても素直には教えてくれないだろうけど、もう逃がす事なんて出来ない。
だからせめて住んでるアパートを知りたくて、こんな姑息な手段を選んだ。

バレたら・・・凄く怒られそうだけど。


午前1時過ぎになって1人の男が藍微塵がある通路から出てきて表通りに向かったのが見えた。
そろそろ牧野も仕事が終わるんじゃないのか、そう思って見逃さないようにハンドルを抱えていたら30分後、1人の女性が現れた。
牧野・・・そう思って薄暗い道の防犯灯の下を歩いた時、その姿を確認した。


「あれ?・・・あの格好、この前みたいなのじゃない。髪だって昔のまま?あの時が特別だったのかな・・・」

歩き方で牧野だって判ったけど、着ている服があの日の感じと違う・・・牧野らしい可愛い服装に見えた。
勿論暗いから化粧なんて判らないけどストレートの髪をサラサラ揺らして、挫いた足は良くなったのか、引き摺ってはないみたいだった。


やっぱり今日も表通りに向かって歩いて行く。
その姿がギリギリ確認出来る距離をとって車を出した。ライトも急には点けず、驚かさないように・・・細心の注意を払って表通りまで行ったら、1度牧野を追い越してバス停の前方で車を路肩に停めた。

どうやって帰るんだろう・・・こんな時間にバスなんてあるのかさえ知らないけど、タクシーならその後を付けてもいいし。
バックミラーで牧野の姿を確認しようとしたら、そこで誰かと話してる彼女を見てしまった。


慌てて振り向いて自分の目で見た。
よく判らないけどさっきの男?背格好がそんな風に見えたけど、牧野と向かい合っていて男の方が話しかけてるように見えた。

牧野は・・・俯いてる?
その表情は判らないけど積極的な会話にはなってないようだ。


まさか、2人で何処かに行くなんて事・・・少し焦って見ていたら男がタクシーを停めた。
不味い・・・牧野を連れて行かれる!そう思った時に牧野だけが乗り込み、男はその場でドアから離れた。

すぐにタクシーは走り出し、男は手を振りながらその場に残った。
昨日マスターに聞いた男だろうか・・・そいつの表情も見えなかったけど、牧野に想いを寄せてる、それだけは判った。



牧野を乗せたタクシーが俺を追い越していく。
俺の横を通り過ぎる時、牧野は振り返ってまでその男の事を見ていた。


何故?どうしてあいつを見てるの・・・何を言われたの?牧野・・・あんたは何て答えたの?


この状況に焦りながら俺も車を出した。





028b6aed59bd8ecaf8d6730e86f75c56_t.jpg
関連記事
Posted by

Comments 4

There are no comments yet.
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/03/25 (Mon) 01:05 | EDIT | REPLY |   
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/03/25 (Mon) 06:44 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

シナモン様、こんにちは!

あっはは!またとんでもない事を(笑)
このハクちゃんはお喋りしません!キリッ!

てか、想像してしまったわ(笑)
意外と似合うかもしれない・・・って思った。

でも小桜インコって頭が赤いのよ?それならオカメインコの方が・・・

はっ!オカメインコは頭がはげてた!!(爆)

2019/03/25 (Mon) 12:02 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

ビオラ様、こんにちは。

コメントありがとうございます。

どうかしら(笑)そこまで悪くは無いかもしれませんが・・・笹本さんほどいい人でもないと思う・・・かな?
まだまだ本性が出てないだけかもしれませんよ?

そして今度はストーカー類!!
こっちの方がある意味怖いかも~(笑)

フィアットに乗る類君・・・狭そうだわ~♡足が折れ曲がってそう💦
これも想像したら結構笑えました。

2019/03/25 (Mon) 12:09 | EDIT | REPLY |   

Leave a reply