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plumeria

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離れを出るとそこに控えていたのは薫。
「おはようございます、若宗匠、若奥様」、と呼び方まで変えて頭を下げた。

「・・・あんた、まだ西門に居るのか?もう紫は西門になったんだから宝生に帰るんじゃないのか?」
「え?あの・・・でも」

「西門の人間になったのに宝生の側付きなんておかしいだろう。そんな人間が必要ならうちの者に言いつけたらどうだ?」

「・・・薫は今後も私の傍で、と家元にも許可いただいております。もし、総二郎様が宝生の人間がダメだというなら西門でお雇いいただいて私付きにしていただきますわ」

オロオロと俺達の顔を見る薫・・・薫の事となると譲らない紫。
「好きにすればいい」と言い放って部屋を出ると、また2人並んで楽しそうに母屋に向かう廊下を歩いていた。


「おはようございます、お義父様、お義母様」

「おはよう。よく休めたかな?」
「おはようございます、紫さん。新しいお部屋に不足しているものはなかったかしら?」

「お気遣いありがとうございます。不足している物などございませんわ。今度は総二郎さんが傍に居て下さいますから安心です」

「・・・・・・」


ここに居る全員が俺達の関係を知っていて、俺が紫を拒絶していることを知ってるのにこの会話。自分の屋敷内でも自分を誤魔化しながら生きてかなきゃいけねぇのかと思うと、やっぱり何もかも捨ててここから逃げ出したかった。

茶ならここでなくても自分の腕と気持ちさえあれば何処で点てようが構わない。
西門流を名乗れなくてもいい・・・ただし、目の前にはあいつが居なけりゃ話にならねぇけど。


「お家元、ひとつ聞いてもいいですか?」
「・・・なんだ」

今から飯だと言う時、俺がそう言ったから全員が動きを止めた。ダイニングの隅で茶を煎れていた志乃さんまで怪訝な顔して振り向き、一緒に給仕していた薫も盆を持ったまま止まった。
俺の声の様子からそれが決していい話じゃないと思ったんだろう、お袋は一瞬にして顔色を変えた。


「私がこうなった以上、彼女は解放していただけるんでしょうか」

「・・・何だと?」

「以前仰いましたよね?私が大人しく言う事を聞けば安全は保証される・・・つまり、西門で匿ってるという事ですよね?」
「お止めなさい!総二郎さん。紫さんの前で何ですか!」

「お答えいただけませんか?自由にしていただけるんですか?」

親父の顔が歪み、深い皺が眉間に入った。お袋は慌てて席を立ち俺の横まで来やがった。志乃さんはゆっくりと背を向け、薫は何の事やらって顔でまた動き始めた。
その中でも紫は俯いたまま何も言わない・・・取り乱すこともなく、ただ小さな息を漏らした。


「お家元、お答え下さい」
「・・・総二郎、その事は忘れよと言ったはず、今後口に出すことは許さん!もうお前には妻が居るのだ。他に目を向けることなどあってはならん!」

「・・・そうですか。でも、紫も知っていることですから言いますが、私はこの先も自分を偽ることなど致しませんよ。それだけはお忘れ無きように」

「総二郎!!」
「総二郎さん!」


用意された朝飯を前に箸を置き、俺はさっさとこの部屋から出て行った。



その日から紫を伴っての挨拶回りが始まった。
都内に居る西門の血縁者に始まり、仲人を引き受けてくれた鷹司会長、それに次ぐ幹部連中の屋敷を回っての挨拶は数日間に及んだ。
行く先々では2人とも作り上げた笑顔で言葉を出し、紫は俺の半歩後ろを寄り添うようにして歩いた。

「本当に良くお似合いのご夫婦で・・・」

何処に行っても聞かされるその言葉に辟易しながらも頭を下げ、次に言われるのは婚約期間も長かったからなのか子供の事だ。
「早く跡取りを・・・」の言葉にはムカッとしたが、いつもの如く顔に出さずに「自然に任せますので」と繰り返した。


そして挨拶の最後に訪れたのは岩代の爺さんの屋敷。
あの忌々しい野点を行った因縁の庭を横目で見ながら爺さんの待つ部屋に向かった。

案内された部屋に入ると少し籠もったような濁ったような・・・そんな空気が鼻をついた。
そしてこの部屋の窓際に居たのは車椅子に座り、何処を見ているのか焦点が合ってない虚ろな目をした爺さん。俺達が正面に座っているのに外を指さしながらブツブツと意味不明な言葉を出していた。


「ご無沙汰しております、ご隠居様。西門でございます」
「・・・・・・あぁ、今日はもういいぞ」

「・・・ご隠居様、この度無事に婚儀が終わりましたのでご報告に・・・ご隠居様?」
「うんうん、ご苦労さん。大変だったのぉ・・・」

「お判りでしょうか、西門でございますが」
「もう夕飯かな?今日は刺身が食いたいのぉ・・・今日は1度も飯を食うておらんからなぁ」

これには紫も少し驚いたようで俺の顔を見た。
どう見てもこれは「認知症」・・・気不味そうに控えていた使用人に確認したところ、今年の夏頃から酷くなったらしく会話が出来ない日もあるとか。

「今日の朝方はお話しが出来ましたので宜しいかと思ったのですが・・・」

「このご様子ではお話し出来そうにありませんね。それならば失礼致しましょう。ご隠居様にもご負担を掛けますので」
「申し訳ございません。旦那様がお戻りになりましたらこちらからご連絡を差し上げますので」

「いえ、またいずれ改めてご挨拶に参りますからお気遣いなく」


あれだけ騒いで俺の婚儀を早めようとしたくせに、それが終わった時には呆けたのか?
すげぇ気が抜けたけど、これで岩代との縁は切れたも同じ、俺はさっさと屋敷を後にした。岩代の爺さんと遠縁だという紫もそこまでの思いはないのか、あの爺さんの姿を見ても落胆した気配はない。


再び北の庭を見ながら玄関まで向かっていた時・・・紫が西門の蔵を見ていたと言う話を思い出した。
あれから志乃さんも何も言わなかったが、今でも見に行ってるのか?喋る訳もないと思ったが、他に話す事もなかったから帰りの車中でこいつに聞いてみた。


「・・・屋敷の人間から聞いたんだが」
「何でございましょう?」

「お前、以前からうちの蔵の前に立ってることがあるそうだが何故だ?蔵の中が気になるのか」

「・・・失礼な。私が何故西門の蔵に納められている物に興味を持たねばならないのです?どのような品がそこに納められているかも存じませんし」

「京都から引き上げた先代の遺品の事を気に掛けていたような気がしたが?」

「お考えが過ぎますわ。そもそも私には茶碗の価値など判りません。こんな言い方はしたくないのですが、たとえそこに高価な物があったとしても見たいとは思いません。鑑賞する以外の目的だと思われたのですか?そのような俗物的な人間であるかのように言われるのは心外です。
誰かが私の姿を見たと言うのでしたら単なる散歩でしょう。草木も覚えねばと思っての事・・・それだけです」

「別に俺は茶碗の事だとは言ってねぇけど?蔵にはそれ以外のものの方が多いからな」

「・・・・・・」

蔵の周りには立ち止まって見るような茶花もそれ用の木もない。あるのは木斛もっこくだけで、そいつは普通の庭木だ。覚える必要もない。
それにいつもなら「知らない」とひと言で終わるこいつが、言い訳のように話す事自体珍しかった。




********************




西門さんの結婚を受け入れた後、鎌倉に来てくれた美作さんに小夜さんを元の職場に戻してあげたいと申し出た。
自分1人で生活していく・・・数年前の自分に戻ってやり直したい、そう言った。

勿論彼は猛反対。
私の心が崩れた時、傍に誰も居なかったらどうする気だと、まるで家族か恋人みたいに叱られた。


「お前は自分が言うほど強く無いんだぞ?今が1番しんどい時だろう!どうして急にそんな無茶を言うんだ?」
「無茶って言うか・・・本当にこれ以上誰かを頼ると自立出来そうにないからだよ。甘え癖が付いてるからこのままじゃダメだと思うのよ」

「今は誰かに甘えていい時だって言ってるんだ!今度倒れたらどうする?周りに人が居なくて、もし精神的なものだったら電話だって出来るかどうか判んないんだぞ?!」
「ん~、そうならないと思うんだけどな。私、こう見えてちゃんと受け止めてるよ?そりゃ悲しいけど・・・」

「ダメだ、小夜はここに残す!まだ独りになるなって・・・牧野、頼むから自分を追い詰めるな!」
「追い詰めてないって!そうじゃなくて立ち直りたいんだって!」


そんな私達の真ん中で小夜さんが困ってる。
小夜さんの本来の職場は美作邸・・・だから、これで会わない訳じゃないと思うし、いざという時には何でも相談できる。

これまで人目を恐れて過ごしてきたけど、彼ももう結婚してしまった。
そこまで西門の目を気にしなくてもいいだろうから、この土地なら電車やバスに乗っても問題ない。小夜さんに私の運転手という役目からも解放してあげたかった。


「俺達が援助する事が迷惑なのか?」
「そんな訳ないじゃん!有り難いと思ってる・・・それにまだここを借りたいって言ってるんだよ?家賃が払えるようになったら安いアパートに引っ越そうと思うし、牧野で暮らしたいからその時は研究所も止めて何処か小さな会社で働くよ」

「だから!何でそんなに先のことまで考えるんだ?焦るなって!」
「もうっ!どうして判ってくれないかな、私は前向きになってるんだって!」


「あの~・・・」
「「なにっ?!」」


今まで小さくなっていた小夜さんがここでひとつの提案をした。

まずは土日に独り暮らしを始める。それを1ヶ月して大丈夫なら平日も独り暮らしを始めて電車やバスに乗って通勤を始める。でも、週に1回は小夜さんと過ごして相談や愚痴を聞く。
それも落ち着いたら完全に独り暮らしに戻る・・・やっぱりいきなり独りはダメだと言われた。


「あきら様、それでどうですか?つくしちゃんも無理はダメだよ。精神的な病気は治ったかどうかの判断は素人じゃ出来ないし、お医者様だって予測できないんだから。あきら様の心配も判らなきゃ、だよ?」

「うん・・・じゃあ、そうする」
「判った。その代わり定期的に連絡すること!牧野の場合急に居なくなる可能性があるからな!」

「・・・そんな事しないよ。今は見届けたいものがちゃんと有るんだから」


取り敢えず年内は土日に独りで暮らして平日は小夜さんと一緒。
少しずつ小夜さんから離れると言う結論で話合いは終わった。


来年からは独りで・・・この時はそう思っていた。




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