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plumeria

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12月・・・炉を開き口切りを済ませたこの時期、慌ただしい中にも1年をゆっくり振り返るという思いから夜長を楽しむ「夜咄の茶事」が行われる。
夜咄では日が暮れる頃を目安に案内を出し、茶席に招き入れるとまず待合で前茶を勧める。その後は炭点前、懐石、中立ち、濃茶と進み、最後は続き薄茶でもてなす。

床に花は飾らずに石菖を置き、手燭てしょく小燈こともしなど蝋燭の明かりの中で緩やかな時間を楽しむ訳だ。
庭も電気による照明は一切使わず露地行灯を地面に置き、辺りを照らす・・・それに照らされる草花たちが美しく見えるように手入れし客を迎える。


それを2日に行ったのが結婚後初めての茶会。
客は付き合いのある華道家の家元とその奥方で、幼い頃から知っているという事もあって和やかに茶事は進んだ。

この「夜咄の茶事」は夕方から夜に行われることもあって、長引かぬようにとあまり会話などはない。
正午の茶事などでは後座でも炭手前があるが、それを省いて濃茶の後にはすぐに薄茶を振る舞い、「ごゆっくりと」と声は掛けるがここでのお代わりなどもしないのが礼儀だ。

それももう終わろうと言う頃に、奥方の方が少しばかり言葉を出した。

「若宗匠、もうお幾つになられましたの?」
「私ですか?明日で27になります」

「まぁ、明日がお誕生日?27歳にもなるのですねぇ・・・お生まれになった時から見ているから、何だか不思議な気がしますわ。私も歳をとる筈だわねぇ・・・」
「いえ、奥様はお変わりなどありませんよ。いつも美しい花に囲まれておいでだからでしょうか」

「ほほほ、もうお婆さんですよ」


忘れてしまいたかった12月3日・・・ここで嫌でも思い出すことになった。
それを顔に出す訳にもいかないが、これ以上俺の事であれこれ言われたくなくて、手は片付けの方に移っていた。

「ご結婚されてから初めてのイベントですわね?奥様と末永くお幸せにね、若宗匠」
「・・・ありがとうございます」

「近いうちにきっと良いご報告もあるのでしょうね。待っていますよ」
「・・・それは自然に任せております。もしかしたらお待たせするかもしれませんので」

既に退出の支度まで済ませて露地に出ている2人に、躙り口から頭を下げ見送った。


後何回この言葉を言われ、何回同じ答えを返すのだろう・・・畳に置いた自分の両手を見ながら溜息が出た。



**



次の日、極普通に朝を迎えた。
離れのゲストルームを出るといつものように紫が支度をして待っていて、いつもの朝の挨拶に「おめでとうございます」とひと言あっただけ。
外に待機している薫にも「お誕生日おめでとうございます!」と元気よく言われたが、「ありがとう」と軽く礼を言うだけで表情も作らなかった。

心の中ではホッとしていた。
朝っぱらから直接手渡しで何かを差し出されたら・・・昨日からそれを考えてうんざりしていた。そんな事になったら受け取らなくてはならないだろうけど、今度は無視が出来ない。
そこら辺に放って知らん顔って訳にはいかないだろうから気が重かった。

母屋に行っても特別普段と変わりない。
仕事も普通にあるし・・・そう思っていたらお袋から今日の夜咄の茶事の中止を言われた。


「え?中止・・・何か不都合がありましたか?」

「いえ、お客様の都合です。今日の茶事は羽田様だったでしょう?お身内にご不幸があったと言う事で急遽中止になったのです。ですから私と家元は本日はそちらのお通夜に行くのですけれどあなたはどうするの?」

「実は羽田様とはあまり面識がないのです。私は失礼して別の仕事をさせていただきましょう。それでも宜しいですか?」

「うむ・・・まぁ、いいだろう。今までも茶席は総て私だったし、総二郎はきちんと話した事もないだろうしな。今回は挨拶代わりにお前をご指名くださったのだが、またの機会もあるだろうし。
何かしなくてはいけない仕事があるなら片付けておきなさい。年末の気忙しくなる前にな」

「ありがとうございます。それでは午後は茶道教本の編集部との打ち合わせに出掛けます。以前より急かされておりましたので」


久しぶりに屋敷を出られる・・・これが何より自分へのプレゼントだと内心喜んでいた。

そして午前中に自分の稽古と後援会副会長のも孫娘に形ばかりの稽古をつけてやり、昼飯も外出先で済ませるからと早々に屋敷を出ることにした。


「お帰りは何時頃でしょう?」

玄関で急に背中から聞こえた声。
振り向いたら紫が立っていて、真顔で俺を見ていた。

「さぁな・・・時間なんて判んねぇから夕飯の事なら考えなくていい。せっかく出来た時間だから色々したい事もあるし、道具も見に行きたい。俺の事は気にするな」

「そうですか。お帰りになりましたら夜ぐらいはご一緒に・・・やはり今日は記念日ですので」

「・・・どう言う意味だ?京都のような事なら遠慮する。それも含めてお前は何もしなくていい」


今日は記念日だから・・・だと?
初夜を無視されたからって今日?

何もしなくていい、気にするなと言えば無言で俺を見送った。
紫の後ろからペコッと頭を下げる薫・・・紫は出て行く俺をただ睨んでいた。



**



「いやいや、ホントに助かりました。若宗匠、お忙しいから急かすのもなぁって毎日気を揉んでいたんですよ」

「ははっ、遠慮せずお電話してください。私もたまには外で仕事したいんですから」

「あぁ、そうなんですか?それなら今度は対談でもどうですか?お茶をいただきながら女優さんと何処かの風情ある茶室とかでね、そう言うの企画しますから!」

「いいですよ。いつでも仰ってください」


編集者との打ち合わせはすぐに終わった。
それも実は計算済み・・・1時間も掛からずにそいつを終わらせて、馴染みの茶道具屋に小物を見に行った。勿論使い慣れた物で銘柄も決まってるから選ぶのに時間が掛かるわけじゃない。

「総二郎様、こちらは最近入りましたものです。加賀蒔絵 の四季棗でございます。螺鈿細工の大棗で勿論箱書きもございましてね」
「あぁ・・・綺麗だな。稲穂のヤツは持ってねぇな・・・うん、これも届けてくれる?」

「ありがとうございます。春は吉野山、夏は早苗ですな。秋が稲穂で冬が宝船・・・優れた絵師の作ですからお客様も喜ばれましょう」

本当は棗なんてこれ以上の品は幾らでもある。
ただ気分が良かっただけ・・・自分へのプレゼントにしては仕事絡みだな、と鼻で笑った。


ここでもさっさと終わらせて時間は午後3時。
暇つぶしにあきらに電話してみたら繋がらなかった。

もしかして出張とか・・・それならって事で美作商事に電話したら、あきらが香港から帰って今日は自宅に戻っていると聞いた。それもスケジュール通りだともう帰宅しているはずだと。
じゃあ直接行って驚かせるか、と車を美作邸に向けた。


嫁さんには美味いと評判の菓子、あきらにはあいつの好きなワイン。


今日は俺の誕生日だ。
あきらに付き合ってもらおうと、久しぶりに気分良く運転していた。





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