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plumeria

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「それじゃあ、私はこれから美作家に戻るわ。帰りは大丈夫なのね?」
「うん。西門さんが手配してくれたタクシーが来るって言ってた。私はバスでもいいんだけど・・・」

次の日の朝、小夜さんは夜のうちに纏めた荷物を車に積んで私を研究所まで送ってくれた。
これが鎌倉での小夜さんの最後の仕事・・・もう今日の夕方から彼女はあの家には居ない。私は計画より少し早く1人暮らしをするようになった。

手渡された最後のお弁当も「今日は豪華よ!」って言葉を添えて、綺麗なランチクロスで包んでくれた。


「つくしちゃんの好きなものが沢山入ってるから。それに作り置きがあるから今日の夜は何もしなくて大丈夫よ」
「うん・・・ありがとう」

「テーブルの上に書いておいたスーパーの特売日、仕事に出てたら難しいけど覚えておくといいわ。因みに今日はお魚の安い日で明日が冷凍食品の割引の日だよ?タクシーの運転手さんに少し待ってもらって買い物しなよ」
「うん、そうする」

「じゃあね、つくしちゃん。お屋敷に来たらいつでも呼んでね」
「うん、判った」

「なによ、さっきから!他に言う事ないの?」
「うん、だって・・・」


だって小夜さんが泣いてるんだもん。そんな顔見たら何も言えないよ・・・って、それさえ言葉には出来なかった。
もう行かないと遅刻だって言う時間まで車の窓越しに話してて、パートのおばちゃんに声を掛けられたら漸く小夜さんの車は研究所から出て行った。


それを見送って・・・ウインカーを右に出して車が見えなくなったら急いで事務室に走った。


「春ちゃん、もう具合はいいの?」
「はい、ご心配かけました。連休取っちゃってごめんなさい。えっと・・・今日は何からするんでしたっけ?」

「今日はシクラメンの開花状況を見て美作の本社に送る準備よ。凄い数あるから大変よ!」
「はーい!頑張ります!」



これからの暮らしがどうなるのか全然予測できない。
それでも西門さんを信じて私の出来ることを頑張るしかなかった。

双子には今までのように会えないかもしれない・・・西門さんも簡単に離婚なんて出来ないかもしれない。それでも精一杯生きていかなきゃいけない。
自分の願う将来が来るかどうかなんて判らないけど、諦めちゃこれまでお世話になった人達に申し訳ない。


呼子の女将さん、美紀さん・・・元気だろうか。
1度西門さんを連れて行きたいなぁって、ここの海を見ながら4年前の今日を思い出していた。


今日は初めて夢の屋で働いた日・・・あの日に比べたら今の私は少し成長してるのかな・・・。




*********************




次の日から始まった仕事は、牧野との時間を作るためにも手を抜くことは出来なかった。
これまで延ばし延ばしにしていた執筆の仕事は素早く済ませ、自分の時間の確保に努めなくてはならない。
茶会の打ち合わせや道具の手入れ、後回しにしても良さそうな内容のものも片っ端から片付けていき、それは両親はじめ古弟子達も驚かせたようだ。

癪に障るのは俺の変化が結婚したことに寄るものだと噂される事。

そんな訳ねぇけど反論するのも馬鹿馬鹿しい。
兎に角仕事を溜め込まないって事に全力を尽くすことにした。


そして数日後、鷹司会長の屋敷を訪れた。

年末行事の案内だったが、会長が風邪を拗らせたとの噂を聞いての見舞いも兼ねていた。
だから、もしもの事を考えて紫は同行しないようにとのお袋の言葉で行くのは俺1人・・・その「もしもの事」なんてのは有り得ないんだが、と内心ムカついたけど。


「具合の方は如何ですか、会長。お顔の色はそこまで悪くは無さそうですが?」
「はは・・・もう歳も歳ですから大事を取っただけです。ご心配ありがとう・・・随分良くなりました」

「そうですか。それは良かった・・・本日はこちらのご案内で参りました」


年末に行われる定例会と茶事の件、後援会の忘年会のような会食等の打ち合わせをして、その後は側付きの人間を下げてもらい2人きりになったらこの度の報告をした。

「実は会長・・・以前よりお話ししていた人と再会致しました」
「おぉ!そうですか・・・、それはそれは・・・して、どうでしたか?お気持ちは・・・?」

「はい、彼女にも色々あったようですが私のことは今でも想っていてくれたようです。その話合いは出来ました・・・ただ・・・」

「・・・何かあったのですか?」


ここに来ても迷っていた。

子供の事を相談してもいいものかどうか・・・この人は俺の味方だが、この話は言わない方がいいのか、それとも1人でも知っていた方がいいのか。
確信はあったが確認も確定もしていない話だ。会長に話して混乱を招きはしないか・・・思わせぶりな言葉を出した割には話さない俺のことを、会長は黙って待っていてくれた。


「・・・話しにくい事なら話さなくても良いのですよ、若宗匠。どうしても気持ちが治まらないなら言葉に出すも良し、自分で何とか出来そうなら黙っても良し。私はどちらでも構いませんが、貴方が心穏やかに暮らせるようにとこれからも願うだけですから」

「会長・・・実はまだ真実を確かめていない話なのです。想像・・・いえ、確信しているのですが彼女が私に話せないと決めているようなので、私も問い質してない事があるのです」

「・・・ほう?難しそうですな」


「お話ししても会長を悩ませてしまうだけかもしれない・・・それでも宜しいですか?」

「はは・・・この爺のことを信用して下さるのならお話しなさい」


穏やかな会長の言葉に促されて俺は子供の話をした。
会長相手に夜の話も気が引けたけど、それを言わなければ何故確信したのかが伝わらない・・・出来るだけ言葉を選んで濁したが、会長は苦笑い。
この俺が爺さん相手に赤面しながらこんな話題を口にする日が来るとは思わなかった・・・。


「初めてその子達を見た時にも感じたのです。何処か彼女に・・・自分にも似てるような気がしました。軽く触れた時にも自分の身体が熱を持つような不思議な感覚でしたが、親友が養子だと言うのでその時には自分の気のせいかと思っていました。
でも彼女の傷跡を見た時に思ったんです・・・あの子達は自分の子供だと」

「その方が西門を恐れてご友人にお願いされたのでしょうか?」

「・・・そうだと思います。私と別れさせられた時には気が付いていたのか、佐賀に逃げてから気が付いたのかは知りません。
ただ、必死に守ろうとした結果、そういう結論を出したのではないかと思うんです。
だからまだ彼女にも確認していません。聞き出しても良いのですがその後の動揺を考えると、その場では私にも判断が出来なかった・・・」


「・・・若宗匠はどうなさりたいのです?」

「当然引き取りたいと思います。ただ、今は紫の事があります。万が一この状況で子供の事が西門に判れば彼女も黙っていないでしょう。紫は自分が西門の跡取りを産むつもりですからね。それに引き取れば彼女・・・牧野から奪うことにもなりますし、友人の奥方にも精神的なショックを与えそうです」

「と言う事は友人の奥様には可愛がって頂けているのですな?」

「はい、実の子供のように可愛がっているようです。ですから紫との関係を終わらせた後、美作と話し合って穏やかに事を進ませたいと思っています。大人の都合で子供が悲しい思いをしないように・・・そう考えています」

「うむ・・・そうですな。子供にはなんの罪もない・・・して、お子様はお元気ですか?」

「はい。健やかに育っているようです。友人宅は西門とは違って明るく賑やかな家ですから」



鷹司会長の希望でここで薄茶を点てることになった。
まだ床に座ったままだった会長も起き上がって俺の前に座り、静かに庭の椿を眺めた。


冷たい風の吹く中で小振りながら凜とした姿の沙夜侘助、紅一休・・・色合いの淋しいこの季節に映える上品な紅色。


「・・・ご自分のお気持ちに素直になり、大事なものを御守りなさいませ。子供は希望です・・・今の住まいと環境がどうであれ、大事に見守っておやりなさい。そして時が来たら真実をお話になると宜しい・・・いつか私もその子達を見たいと思います」

「はい、お約束します。ですからお元気でお過ごし下さい、会長」

「おぉ!そうですな・・・風邪など引いてはおられませんな!」



**



その日の夜、あきらに連絡して会いたいと伝えた。
「まだ言い足りないのか?!」と不機嫌なあきらだったが、話したいことは牧野の事じゃなく、紫についてだと言えば都合を付けてくれた。
いつものバーで、と言ったがそれはあきらからあっさり断わられた。

『もうバレたから言うけど、夜に家を出ると子供が五月蠅いんだ。俺を探しまくって仁美が苦労するらしいからうちに来ないか?』
「・・・そうか、判った。じゃあ明日の夜、美作に行くってのでいいんだな?」

『悪いな、そうしてくれ』


あきらの後ろで楽しそうな声が聞こえる。本当なら俺と牧野が聞くはずだった声なのか、そう思うと苦しかった。
「パパァ!おでんわ、だぁれ?」「やだぁ!まだねむくない~!」・・・あの日見た2人の姿が脳裏に浮かんだ。

『総二郎?どうした?』
「あ、いや・・・賑やかだなって思ってな・・・」

『・・・まぁな』



そしてあきらとの電話が終わったらすぐにあいつに電話をした。


『もしもし・・・どうしたの?』

「なんでもねぇよ。お前の声が聞きたかっただけだ」





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<沙夜侘助、紅一休>
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