FC2ブログ

plumeria

plumeria

-
数日前、あの衝撃的な話を聞かされた部屋に再び入り、同じ場所に座った。
あの日と違うのは牧野が居ないことだけ・・・あきらは今日も珈琲に少しだけブランデーを垂らしたものを出してきて、無言のまま2人でそれに口を付けた。


「牧野と話は出来てるか?」

あきらがボソッとそんな言葉を出した。
まるで自分の出番がなくなった事を残念に思ってるかのような口振り・・・いや、そんな風に受け止めるのはもうやめようと気持ちを切り替えた。

「話は毎日してる・・・なんて事ない1日の報告みたいなもんだけどな」
「紫にはバレないのか?お前、部屋は?」

「あぁ、部屋か・・・別棟建てられてそこに俺達の新居ってもんを造られてる」
「マジか!で、お前・・・まさか」

「ばーか!新居って言ってもひと部屋じゃねぇんだから俺はゲストルーム。あの女が寝室を1人で使ってるよ」
「・・・よくそれで紫が納得してるな。家元達にバレないのか?」

「バレても何も言わねぇよ・・・それも承知で結婚させたんだから」
「でも・・・あ、いや何でもない」


あきらはその後の言葉を呑み込んだ。
跡取りの話を言いかけたのかもしれねぇが俺にその気がないのは知ってるし、自分だって養子縁組みをしている。1番触れられたくはない部分だから口を噤んだんだろう。


「それで紫の話ってなんだ?何を調べるんだ?」
「紫が西門にどんな感情を持っているかを知りたい。俺に愛情なんてないし、西門の財産目当てとも考えにくい。宝生だってそれなりにデカい旧家で所有地や不動産なんかも含めると金は持ってるだろうしな」

「そうなると地位と権威か?」
「それか・・・西門に対する恨みか、だな」

「恨み?そんなものを持つような出来事があったのか?」
「それが判んねぇんだ。だから紫の過去を調べたい。今回は本気で協力してくれるか?」

俺の嫌味に苦笑い・・・「ずっと言われるんだろうな」って頭を掻くから「当たり前だ」と笑ってやった。



この後はこれまでの紫の言動から何を調べるかを話し合った。

まずは西門の家元夫人として公に認められれば愛人がいてもいいと言った発言。だが跡取りは自分が産まなくてはならないから最悪は人工受精でも構わないと言う子供に対する執着を見せたこと。
そして岩代の野点で出してきた樂茶碗、京都の先代の遺品に対する関心。薫に対する主従関係を超えた感情とこの2人が幼い頃に襲われたという噂。


「これまでの話で紫と西門に接点なんてないだろう?恨みって言うよりやっぱり地位じゃないのか?ある意味では財産だしな」

「それならもう少し俺に媚ってもおかしくねぇだろ?初対面でその態度だぜ?」
「ガキの頃にも会ったことはないんだろ?」

「多分ないと思うけど紹介されてない場所なら判らねぇな。宝生家とは古い付き合いだから俺がガキの頃に茶会に来ていたら、向こうは知ってるかもしれねぇけど俺には覚えがない」
「あれだけの美人だ。子供の時から目立ったんじゃないのか?普通気が付くだろ?」

「俺が家に反発してたから無愛想にしてたもんな・・・声掛けられたくなくて人の顔なんて見ずに居たから判んねぇ」
「ただ、家同士が決めた婚約者ならそれを言わなくても会わせそうだけどな・・・」

「推測だけど俺との婚約を考えたのはそんなに前じゃないと思うぞ?牧野と別れさせられた時にお袋が動揺していたからな・・・親父がそう決めたって。もし、昔からの約束事ならお袋も知ってるはずだ。あの時の言い方だと急に親父が言いだしたように聞こえたけど」

「家元が急にってのもおかしいな・・・誰かに言われなきゃそんな事決めないと思うけど」

「・・・京都の先代じゃねぇかな。死んだ爺さんもこの件については強行だったから。1度東京に来て酷く説教されたんだ」


紫の事を調べたいのにそれ以外の問題も多くてさっぱりだ。

言われてみれば紫って女の名前が出たのはあの日からだ。
何故急に宝生が出てきたのかは親父も言わなかった。両家で決まったこと、西門流にとって有益な婚姻であること、それしか言われなかった。
それも俺の家のような場合は有り得る事だったし、俺はその後すぐに事故って牧野は行方不明・・・事の始まりについてまで深く考える余裕がないまま婚約して寺籠り・・・だからすっかり抜け落ちていた。

確かに何故紫が候補に上がったんだ?西門に有益なと言うだけなら他に幾らでもお嬢はいたはずだ。


やっぱりここは先代絡み・・・と、なると西門、宝生の両先代の揉め事ってのから調べた方が早いのか?


「あきら、半年前に話した明日香堂ってどうなった?」
「・・・あぁ、そう言えば調べるように伝えたままだった・・・悪い!」

「お前・・・忘れてたな?」
「違うって!ただ情報部の人間にも手が空いた時でいいって言ったきりだ。急がないから暇な時に調べてくれって・・・まぁ、忘れてたって言えばそうかも・・・」

「・・・どうせ俺の頼み事は途中から聞いちゃいなかったんだろうな。薄情なヤツだ!」


宝生の先代とうちの先代の揉め事と茶碗談議、居なくなった明日香堂の息子・・・まずはそれから調べてみようと言う事になり、それだけでもこの部屋に2時間近くも居座ってしまった。
離れを出た時にはもう夕方・・・日が暮れるのが早いから屋敷の中のシャンデリアが部屋を照らしていた。


**


その庭を歩きながらリビングに向かっていたらレースのカーテン越しに子供の姿が見えた。


「寄っていくか?」ってあきらに言われたけど「いや、帰る」と言ったものの、目は再び双子を捉えた。
そしてあきらがテラスから中に入ると喜んで走り寄ってくる・・・後ろにいた俺にも当然気が付いて人懐っこい笑顔を見せていた。


「そうちゃん!あのさ、あのさ!」

そう言って出てきたのは男の子の紫音・・・急いで靴を履いて俺の前まで走って来た。

「どうした?紫音」
「うん!あのね、このまえね、ぼく乗れなかったでしょ?」

「・・・何がだ?」
「あれ!でもね、もう乗れるの!そうちゃんに見せようとおもって・・・ちょっとまってね!」


紫音が『あれ』と言ったのは三輪車・・・そう言えばあの日は花音に押してもらってたっけ?
くくっ・・・男としては女に負けてられねぇってか?俺にもそれを見せたいんだな?自分だってやれば出来るって意味で「見せたい」訳だ。

紫音は隅に片付けてあった三輪車をもう1度出してきてそいつに跨がり、真剣な顔付きでペダルを踏みしめた。
出だしが難しいのか1回目は上手く進まなかったが2回目で何とか前進、そうしたら勢いがついて俺の前を通過し、振り向きながら嬉しそうに笑った。


「ねっ!できるでしょう?ぼく、がんばったんだよ!」
「あぁ、妹に負けられねぇからな」

「ううん、はじめから負けとかないもん!さいごにできたらいいんだってパパがいつも言ってるから!」

「・・・そっか」
「うん!!おいつくことと負けることはちがうんだよ、そうちゃん。まけるのは止めることなんだって!」


追い付くことと負けることは違う・・・最後に出来ればそれでいい、か。

あきららしい教育だな。
俺なら「負けるな!」って発破掛けたんだろうけどな・・・だから、こんなに明るく育ってんのかな。


「そじろにいちゃん、抱っこしてぇ~!」
「・・・は?」

後ろから抱きついてきた温かいヤツ・・・振り向いたら花音が俺の足にしがみついて「抱っこ!」って叫んでいた。

抱っこ・・・そう言われてもいつものように女を抱きかかえるのとは違うよな?と、自分でも馬鹿なことを考えながら花音の前に膝をついた。
「肩車してやろうか?」って言うとニコニコして俺によじ登ってくる・・・だからひょいっと抱えて肩に乗せ、そのまま立ち上がったら俺の髪の毛を引っ張って大騒ぎだった。


「きゃああぁーっ!そじろにいちゃん、たかーーーい!」
「あーーっ!いいな、かのんだけぇ!パパ、パパァ!」

「暴れるな、花音!落っこちるぞ!で、髪の毛引っ張るなーっ!」
「総二郎!花音を落とすなよ!紫音、ほら、来い」


なんだろうな・・・この温かさは。

俺が支えてる小さな膝、俺の頭に置かれた小さな手・・・甘ったるい声が響く度に心の奥がむず痒かった。


紫音が言った「負けることは止めること」・・・俺に対するエールのように聞こえた。




e5576597d15ec6bd3b797ec270265cd7_t.jpg
関連記事
Posted by