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plumeria

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『・・・・・・それでも良かったのかい?』


一段と低くなった女将さんの声・・・随分落ち込ませてしまって申し訳ない、そう言いたいのに唇を噛んでしまった。
謝れば認めたような気になってしまうから。

「女将さん・・・偶然出会ってしまってから沢山話し合ったんです。お互いの気持ちも、これまでの行き違いも全部話し合ったんです。子供の事はあまりに急だったから隠したんだけど、それ以外の事は理解し合えたの」

『隠し通せないだろう?いつかは判るよ?それなら早く教えてあげた方がいいんじゃないの?』

「本当ですよね・・・バレちゃうんじゃないかって、それは毎日怖いんです。
でも、教えたら歯止めが利かないような気もするし・・・もし、西門に子供の存在が判ったら美作家から奪うんじゃないかと。そうなったら私はあの子達の笑った顔も見られないんじゃないかって思ったの。それは辛い・・・親子の名乗りはしなくてもあの子達の成長を見届けたくて我儘言ったんですもの」

『あぁ、そうだったねぇ・・・』


優しい笑顔の仁美さんの元から、真顔しか知らないけど紫さんって人の前に連れて行かれる双子を想像した。
「この人だあれ?」なんて聞く花音に「知らない・・・」って俯く紫音。それを冷めた目で見下ろす紫さん・・・。

家元夫人は花音を派手に着飾って連れ回し、家元はまだ小さな紫音に着物を着させてお稽古場に連れて行く、そんな光景が頭に過ぎって震えが来た。
遊ぶ場所さえない西門邸・・・2人が石庭に足を踏み入れて叩かれたりしたらどうしよう、なんてこの時点では有り得ない場面を考えてはスマホを持つ手に汗が滲んだ。

味方はお父さんの総だけ・・・でも、彼も仕事があるから掛かりっきりにはなれない。
そんな事を考え始めたら止まらなくなって会話が途切れた。


『つくしちゃん、どうしたの?』・・・女将さんの声でハッと我に返った。


『色んな問題が残っててあんたも辛いねぇ・・・でも、1つずつだよ?焦らずに真っ直ぐ前に進まなきゃね・・・』

「はい・・・答えなんてまだ出ないんだけど、彼がもう離せないって・・・迎えに来るから何処にも行くなって言ってくれたんです。まだ迷う時もあるし、紫音たちの事も美作家の事もあるから頭がこんがらがるんだけど、いつか彼と呼子に行きたいと思うんです。
その時に彼と会ってくださいますか?西門さんにも女将さんの話はしてるの・・・逃げるために見付けた夢の屋だけど、いい場所で良かったって思ってくれてるから」

『・・・あぁ、そうだねぇ。会ってみたいねぇ・・・つくしちゃんの大事な人だもんね』

「はい・・・すごく大事な人です。落ち着いたら行きます。だから身体に気をつけて待ってて下さいね?」

『はいはい、判ったよ。でも、うちは不倫の密会場所はお断りなの。だからきちんと片付けてからおいで。それが条件だよ』

「えっ!あ・・・う、うん・・・彼にそう言っておくわ」


それじゃあどのぐらい先か判らないけど・・・なんて思ったけど言えなかった。

でも終わりの方は声の調子も戻って来て、また会話は普通に戻った。総の事はそれ以上言わずに、紫音たちの成長ぶりの話と、呼子の街で起きた事が中心だった。
新入りの調理師さんの腕がなかなかいいとか、先日はお客さんで満室だったとか、その逆で誰も居なかったとか。産婦人科の先生も元気で、たまに私の話をしているらしい。
あのまま呼子で働いていたら7月まで延ばせなかっただろうって、先生は紫音と花音の画像を美紀さんのスマホで見て嬉しそうに笑っていたみたい。「お母さん似そっくりだね!」って。

その他にも庭の椿が今年は綺麗だとか、海風が強くて玄関の扉が壊れそうだったとか・・・そんな何でもない会話を楽しんだ。


女将さんが喋り疲れたみたいだったから、今度は私が実家に帰った話をした。
それには凄く喜んでくれて、いきなりお母さんに叩かれたって話したら「当たり前だよ!」って・・・そこはお母さんの味方だった。
一緒におせちを作って、佐賀で食べたお雑煮の話をしたら両親が興味津々だったって話すと「今度招待するから家族でおいで。宿泊費はあの部屋でいいならタダだよ?」って大笑いした。

この話の時が1番嬉しかったみたい。
いつか本当に両親を連れて行きたいなぁって・・・あの玄界灘を見せてあげたいなって思った。


「あっ、女将さん、そう言えばさっき何を言いかけたの?こっちで見掛けたってなに?」

『・・・え?あぁ、何だったっけ?ははは、最近呆けてるからねぇ、自分の言ったことをすぐに忘れちゃうよ』

「・・・?そうなの?何でもないならいいけど」

『あぁ、何でもないよ。忘れておくれ』


忘れておくれ・・・?やっぱり覚えているかのような女将さんの言葉に首を傾げたけど、この日の電話はこれで終わった。


少しだけ歳をとったと感じる嗄れた声を、いつの日か直接自分の耳で聞かなくちゃ。

画面を見たら通話時間が1時間超え・・・それを見てクスッと笑った。女将さん、疲れただろうな・・・。




******************


<side仁美>

「若奥様、どちらにお出掛けですか?」

紫音と花音を連れて出掛ける支度をしていたら不意に声を掛けられた。
振り向いたらそこに居たのは警備責任者で、手には無線機。片耳にイヤホンのようなものを付けているからリアルタイムに情報を得てるんだろうと思われる、ピリピリと緊張が伝わるような格好だった。

先日から何度かあった不審者のことで、こうして出掛ける時には必ず声掛けがある・・・それが少しだけ鬱陶しかった。


「子供を連れて公園に行きます。いつも庭で遊ぶだけだからたまには違う場所に行こうと思っただけよ、すぐに戻ります」
「それでは警備の者を同行させます」

「・・・子供達が気にするから結構です。車で行くし、すぐ近くの大きな公園だから人が多いわ。私にだけ護衛が付くと他の方が気にするし、雰囲気が悪くなります。有り難いのだけど私達だけで行きたいわ」

「それではあきら様に私共が叱られます。しっかりガードするように言われておりますので」

「・・・あきらさんには報告する事ではありません。大丈夫よ、公園ぐらい・・・」


何度か言い合ったけど彼も譲らないから、仕方なく女性の警備を車の中から、と言う事で納得した。
勿論車は別々で、遠くから見守るだけと言う約束。それでも監視されてるようで嫌だな、と思うけれどあきらさんの指示なら仕方ない・・・。

ただ、それが私を守りたいのか「つくしさんの子供」を守りたいのか・・・そんな風に考える自分が居る。

西門さんとつくしさんが出会った日からあきらさんの様子が変わった。それまで明るかったのに考え込む時間が長くなったような気がする・・・。
それにつくしさんに誕生日のプレゼントを用意したと知った日から、今度は私まで何かに取り憑かれているような気がする。

考えてはいけない何か・・・漠然とした不安が襲うようになって眠れない日もある。
それをあきらさんに気付かれないようにしなくちゃって思うのに、あきらさんはそんな事より他の事に気を取られている。


「あぁ、ダメだわ。考えていたら頭が痛くなる・・・」

「ママァ!おくるまに行ってもいい?」
「行こう、かのん、ママすぐに来てね!」

「・・・えぇ、すぐに行くわ」


子供達が嬉しそうにコートを羽織って玄関に向かって行くのを少し後ろから眺めながら自分もコートを手に持った。


**


公園に行ったら寒いのに子供達は元気よく遊んでいる。
私はその中にあるベンチに座って紫音と花音が砂遊びをするのを眺めていた。他の子供たちも数人居て、もう仲良くしてる・・・あれはつくしさんの「血」なのかしら。人見知りもせずに誰とでも仲良くなれるだなんて。

私はそんな子供じゃなかったな・・・って、遠い昔を思い出していた。

その辺にいるお母さん達は私を見てヒソヒソと何かを話してる。
ふと自分を見たら革のロングブーツに上等なコートにカシミアのマフラー・・・彼女たちのようにジーンズにジャンバーって格好じゃない。双子もブランド物のコートに靴・・・一緒に砂場で遊んでる子供達とは明らかに格好が違っていた。

そのうちお母さん達が自分の子供を紫音と花音から引き離した。
「怪我でもさせたら」って思われたんだろうか・・・何度も振り向きながら離れた場所の遊具に向かった。


砂場に残ったのは2人だけ。
そんな状況でも子供には何にも感じないんだろう、いい加減砂場で遊んだら立ち上がって近くの滑り台を指さした。


「ママァ!すべりだい、見ててね!」
「えぇ、気をつけてね」

「しょん!かのんもぉ!」
「花音、落ちないでよ?」

今度は滑り台に登っていく2人を見ていた。あんなに大きな口開けて笑うなんてお行儀が悪いわ、花音・・・なんてハラハラしながら滑らずに落ちるんじゃないかとドキドキしていた。


その時・・・滑り台の向こう側に男の人が立っているのを見つけた。


何を見ているんだろう・・・?
若い人なのにこんな平日の昼間に1人で公園?

傍には子供も動物も居ない。
1人でポツンと立ってるけど顔がこっちを向いている。私がその人を見ていることに気がついたのか、彼はクルリと背を向けて姿を消した。


その背格好が、あの日窓から見てしまった後ろ姿と似ているような気がしてゾクッとした。





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