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plumeria

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総に道を教えて向かったのは夢の屋・・・美作さんと来て以来2年半ぶりだ。
その屋根が見えてきた時にはこれまでの事が思い出されて、また目が熱くなって涙が出そうだった。

「あそこか?」って総が小さな声で言うから頷いたら、車は旅館の駐車場に入って行った。


1番始めに車を降りたのは総。
私はドキドキして車が停まっても車内から旅館を見上げていた。そうしたら外から助手席のドアが開けられて、「何してんだ?」って言われ慌てて降りた。
そして今度は後部座席のドアを開けて紫音と花音を降ろし、双子は長いこと車に閉じ込められていたから嬉しそうに飛び出した。

3人が並んで旅館とその周りの景色を眺めてる。
こうしてみると本当にそっくり。家族4人でここに来たんだって・・・それが何より嬉しかった。

総が既婚者だという事実と、子供達は何も知らないと言うことを除けば・・・だけど。


「うわぁー!ここにおとまりするの?」
「あのおにいちゃんも来たらよかったのね!」

無邪気な声が響いたと同時に正面玄関から飛び出してきたのは女将さんと美紀さんだ。
私の姿を見ると「つくしちゃん!」と2人同時に叫んで駆け寄ってきた。女将さんなんか走ったら危ないのに、今にも転けそうなぐらい蹌踉めきながら走ってくるから、慌てて私の方がその小さな身体を受け止めに行った。


「女将さん!ご心配かけました・・・あの、無事だったんですけど子供達は何も判ってないので・・・」
「あぁ!良かった、良かった・・・うんうん、判ってるよ、何も言わなければいいんだね?」

「はい・・・連れ去られたなんて思ってないんです。ここに遊びに来たと思っていますから」

「つくしちゃん、あんたも怪我はないの?」
「美紀さん!うん、大丈夫。彼が・・・守ってくれましたから」


まだ興奮してる2人だったけど、私が「彼」と言うと視線は総に向けられた。
美紀さんは驚いたように顔を真っ赤にさせて「格好いい!」なんて言ったけど、女将さんの方は険しい顔をした。この人は私を娘のように思ってくれているから総に余り良い感情は持っていない。

どうしても私を捨てた・・・と言うか「受け入れない家の人間の1人」としか見ることが出来ないようだった。


「女将さん、紹介・・・しますね、こちらが西門総二郎さん・・・です」

「・・・・・・大変な事があったとは言え、こんな田舎までご苦労様です。ここの女将でございます」


両手でしっかり私を捕まえたまま、総を睨むみたいにして挨拶するなんて・・・そんな女将さんは初めてで、美紀さんも「失礼ですよ、女将さん!」って小声で言っていた。
「だってさ・・・」って、まるで子供の我儘みたいに美紀さんの方に振り返って口を尖らせ、怖い顔はなかなか穏やかにはならなかった。

総はそんな事も全部受け止める覚悟は出来ていたんだろう、女将さんの前に進み出て深く一礼した。


「初めまして。西門総二郎と申します。随分前にはなりますが牧野がお世話になりました。
その原因は私の家ではありますが、守り切れなかったことは事実です。傷ついた牧野に良くしていただき、総てにおいて助けていただいたことは本人から聞いております。心よりお礼申し上げます・・・有り難うございました」

「・・・頭を上げてください。従業員の世話をした・・・それだけです。それよりも・・・・・・その」

「はい、仰りたい事は判ります。私は現在妻という立場の女性がおります。それに関しましては早いうちに結論を出したいと思っています。牧野には申し訳ないのですが、今でも待ってもらっている状況に間違いはありません」


凄く丁寧にはっきりと、女将さんの目を見ながらそう言った。
それには女将さんも返事が出来ず、何度も唾を飲み込んで俯いてしまった。

凄い緊張感・・・美紀さんはオロオロしてたけど、紫音と花音がキョトンとしていたから慌てて笑顔を作って手なんか振って。私もどっちに寄り添えばいいのか判らなくなって真ん中で2人の顔を目だけで追っていた。
総は怒ってる感じじゃない・・・でも、女将さんの顔は引き攣ったままで、総を見ようとしない。


「ただ1つ言える事は、牧野と離れるつもりはありません。どうしても家が納得してくれなければ最終的には私が家を捨て、彼女を選びます・・・それだけは信じていただけませんか?」

「さ、最初からそれが出来なかった人に今更・・・口だけなら何とでも言えますからね!」

「申し訳ありません。お恥ずかしいのですが、自分の両親が嘘や金を使ってまで私達を引き離すと思わなかったのです。
総てを知った今は牧野とこの子達の事が何よりも大事です。約束しますと申しましても確かに口だけかもしれませんが、もう少しお時間をいただけませんか?」

「・・・わ、判りましたよ。でも、そうなるまでこの旅館にはお泊めする事は出来ないって・・・そう思ってたのに」
「えっ!本気でそんな事言うんですか、女将さんっ!」


美紀さんが吃驚して女将さんの着物の袂を掴んだら、気恥ずかしそうにそれを振り払い「冗談だよ!」って言った。

紫音と花音はそんな大人達を珍しそうに総の後ろから覗き込んでる。
私が「おいで」と手招きしたら、双子は急いで私の前にやってきた。そして紹介はあくまでも「美作家の子供」。


「紫音君、花音ちゃん。今日ね、泊めてくれる旅館の人だよ?ご挨拶出来る?」

「うん!はじめまして。みまさかしおんです!」
「はじめまして、みまさかかのんです、3さいです!」

2人揃って頭を下げたら女将さんの表情は一転して柔らかくなったけど、それが「美作」であることが悲しいのか目元を赤くした。それは美紀さんも同じで、双子は自分たちの挨拶がいけなかったのかと吃驚したように私を見上げた。

「ちゅくちちゃん、ぼく、まちがえた?」
「かのん、3さいだよね?」

「うん、間違えてないよ。きっとご挨拶がしっかり出来たから驚いたんだよ」
「「よかったぁ!」」

「あぁ、ごめんなさいね。うんうん、お利口さんだから驚いたんだよ。あはは、歳取っちゃうと涙脆くてダメだねぇ!」
「女将さんったら・・・それよりもつくしちゃん、病院でしょ?急がないと閉まっちゃうよ?」

美紀さんが総の右手を指さして痛そうな顔を見せて「何があったの~?!」なんて言ってる。
そうしたら紫音が「そうちゃん、まどをね、ガッシャーンってしたの!」「そうそう!こわかったねぇ!」って花音まで続いて説明し始めて、女将さんと美紀さんはさっぱり判らなくて顔を見合わせていた。


「後でご説明しますね。それじゃあ先に彼を病院に連れて行きます。美紀さん、悪いけど双子を宜しく。もしかしたらお腹が空いてるかも・・・」

「判った!私も一緒におやつタイムにするわ!」
「ふふっ、じゃあ、宜しく。女将さん、行ってきます」

「あぁ、気をつけてね・・・」


「紫音、花音、この人達の言う事を聞いて大人しく待ってろよ?すぐに戻ってくるからな」
「うん!そうちゃん、泣いちゃだめだよ?」
「かのん、ついててあげようか?そうちゃん・・・」

「ははっ、つくしじゃあるまいし泣く訳ねぇだろ?もうそんなに痛くねぇから大丈夫だ。心配してくれてありがとな!」
「「がんばれ、そうちゃん!」」


このやり取りに女将さんも美紀さんも苦笑いしか出来ない。
総がもう1回深く頭を下げて、私達2人だけで車に乗り、近くの外科まで車を走らせた。



**



「これはまた・・・随分派手に切ったもんだね。局所麻酔して縫合するけど、傷口は気になりますか?」
「出来るだけ傷跡が残らないようにしたい。手を使う職業なので」

「それならもう少し気を付けられなかったのかい?細かく縫うから少し時間が掛かるよ」
「・・・お願いします」


夕方の急患にしては酷い怪我で、病院の先生は大きな溜息をついていた。
看護師さん達も痛々しそうな顔で・・・でも、総の顔を見てちょっと赤くなってる。何故か私達の周りに看護師さんが多いような気もするし、よく見たら事務のお姉さんまで処置室を覗いていた。


手の平への局所麻酔はかなり痛いらしい・・・それをされた時には「痛ぇ!!」と総の叫び声が上がったけど、双子に言ったんだからそのひと言の後は必死に耐えていた。

そして手の平を消毒してもらい、十数針ほど縫合された。
窓硝子を割っただなんて言えないから「硝子のコップを割りました」なんて嘘ついたけど、それにしては傷が出来てから時間も経って汚れてるし、硝子のコップで出来るような小さな傷でも無い。

お医者さんは「夫婦喧嘩かい?」なんて笑っていたけど、それには答えずに笑って誤魔化した。


「よく洗って細かく縫合したけど、万が一化膿したらいけないから薬を出しておこう。えーと、旅行中だったね?掛り付け医は東京にありますか?」

「は、はい!大丈夫です。東京に戻ったら必ず行きますから!」
「・・・何でお前が慌てるんだよ・・・」

「あはは!奥さん、責任感じてるんだね?では抜糸も東京でして下さいね。これだけ酷いと今晩は痛むだろうけど」


今になって総の傷が家元達にどう思われるかと心配になった。
利き手の右だし、手の平だし・・・・・・披露宴、近いし。この怪我の原因はって聞かれたら何て答えるんだろう。

これまでは子供の事で頭が一杯だったけど、今度は総の怪我で頭が痛い・・・包帯を巻かれた右手を見ると痛々しくて、私の顔の方が歪みっぱなしだった。



「どうも有り難うございました」
「お大事に~」

病院を出ると総と一緒に近くの衣料品店に向かった。
子供達のものは夢子おば様に持たされたから大丈夫だけど、私達は飛び出してきたから何も持って来ていない。昨日もそんな事を考える余裕はなかったし、今日は2人とも砂や埃で汚れてるから流石に着替えないと・・・。

でも、こんな小さな街だから所謂「ブランド物」なんてなくて、総は逆に選べなくて困っていた。


「もうっ!よくそれで家を飛び出して田舎暮らしでもいいなんて言ったわね?」
「・・・だってよ・・・そんな事言ってもよ・・・」

「はい!これとこれでいいでしょ?どうせ明日には東京に帰るんだから」
「はっ?!これ?ほ、他に店は・・・」

「文句言わない!風邪引かなかったらいいのよ!」

重たそうなダッフルコートに化繊のセーター。サイズの合ってないジーンズにおじさんみたいな下着。選んでる私の方が噴き出しそうだったけど、私の着替えも総に買ってもらって両手で抱えるほど大荷物になった。



買い物が終わったら双子が待つ旅館に戻った。
そして車をさっきと同じ場所に停めたら・・・総は黙って海を見つめた。


凄く冷たい冬の海風・・・それが総の髪を靡かせて、私の髪を舞い上がらせた。


「こんな所に逃げたんだな・・・4年前」

「うん・・・毎日この光景を見てた。こっちね、西だから東京とは反対側なの」
「・・・そっか」


そこに沈む夕日・・・どんよりと冬の海をオレンジ色に染めて太陽が沈む頃だった。
それに背を向けた総は左手を私に差し出し、私は彼の手を握って夢の屋に入った。





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