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6月とは言え全身濡れてしまったから牧野の身体が小刻みに震えている。
制服のブラウスが濡れて肌が透けてるのが凄く気になって、視線を逸らせるけど・・・やはり何処かで見てしまう。

そんな姿を他の男に見せるわけにはいかない。
せめて雨が止むまでは・・・そう思って新しい珈琲を頼んだ。
「これを使ってください」と、マスターが持って来てくれたタオルを2人で受け取って、牧野は恥ずかしそうに髪を拭いていた。

濡れた髪を耳にかける・・・その仕草にドキッとして彼女を真っ直ぐ見ることが出来なかった。


でも何か話さなきゃ、って考える・・・考えるのに纏まらなくて、思ってもいない事を言葉にしてしまう俺。
しかも女性に対して「化粧してるの?」・・・自分でも最低だなって思ってたら、牧野も昔みたいにちょっと怒った顔してタオルで顔を隠した。

この後はお互いの仕事について簡単に話した。
俺も凄く大雑把に説明して、牧野も多分大事な所は全部すっ飛ばして今の会社での仕事内容を教えてくれた。


それが俺達から逃げる必要がある進路だったかと聞けば・・・『そうは思わないけど・・・色々辛かったから』。
その辛かった部分を聞きたかったけど、仕事途中のこの時間に聞き出せる訳がない。

答えなんて判ってるくせに、司と連絡を取り合ってるのかと聞けば・・・『取るわけないじゃん・・・もう会えないよ』。
それには正直ホッとした。



『・・・あの人とは・・・どうなったの?』

少し時間が経って、ブラウスの色が元に戻った頃に牧野から聞いて来たこと。
名前は出さなかったけど、それは静の事だとすぐに判った。

子供の頃から好きだった・・・当時はそう思っていた2つ年上の藤堂静。学生の頃は静に認められたくて頑張っていたから、それを周りは恋人だと思ったらしい。
事実、自分でも「憧れ」と「恋愛」の区別が出来てなかった。だから静に恋してるんだと思い込んでいた時期がある・・・牧野と出会った頃はその真っ最中だった。


でも・・・違った。

フランスに行った時、静がフランス人の恋人だと言って紹介してくれた男がいる。
俺はそれを聞いた時に「悔しい」と思ったが、実際に会った時に彼女を奪い返したいとか、悲しくて泣きたいとか、胸が苦しいとかって感情は無かった。
むしろ驚くほど冷静で、話していくうちに幸せそうな静を見て嬉しくなった。

本気で怒ったり、涙が込み上げてくるような感情じゃないなら、俺は恋をしてるんじゃないって気が付いた。
彼女に人としての憧れを持っていただけだって・・・。


『彼女はフランスで幸せにしてるよ。彼氏にも会わせてもらった・・・あんた、何か勘違いしてるでしょ?』
『・・・・・・・・・』

『確かに憧れたけどね・・・恋じゃないって気が付いたから』


今、あんたがついた小さなため息・・・俺はそれをどう受け止めればいい?



2杯目の珈琲を飲み終えた頃、雨が少し穏やかになってきた。
牧野は窓から空を見上げて「もう大丈夫かな・・・」って呟いた。そして財布から珈琲代を出して俺の前に置いた。

対等でいたい・・・そう言う事かな、と思ってそれは突き返さなかった。
送っていこうかって言っても『だめ!仕事中でしょ?そう言うところが甘いのよ!』ってまるで先輩社会人のように俺を叱った。


『じゃ、連絡先教えて』
『・・・・・・・・・』

『これ、俺の名刺・・・携帯番号書いておくから電話して欲しい』



本当はこのまま別れたくなんてなかった。でも何処かで確信してた・・・牧野は電話してくれるって。
だから平静を装って名刺を渡した。

そしてその日の夜、彼女から電話が掛かった。
すぐに住所を聞いて会いに行ったのは、再会から僅か8時間しか経っていない午後11時。如何にも彼女が選びそうな古いアパートの2階、ピンク色のカーテンを握り締めて窓の外を見る牧野の姿を見付けた。

車をすぐ近くの路上に停めて急いで階段を駆け上がり、逸る気持ちを抑えてチャイムを鳴らす・・・ほんの少し、静かに開いたドアの向こう側には困ったような顔の牧野が立っていた。

『入る?』、なんて聞くけどここで追い返す気だったの?
『話したいから』、そう言うと恥ずかしそうに頷いて中に入れてくれた。


『あはは・・・相変わらず狭くて汚いでしょ?ごめんね・・・こんな所だけ変わってなくて』
『いや、汚くなんてない。あんたらしい部屋だって思うけど』

『殺風景で女の子らしくないって言いたいの?やぁね、花沢類ったら』
『はぐらかさないで・・・部屋なんてどうでもいいんだ。牧野がいてくれるならそれだけで何も要らない』


確かに小さな部屋・・・その何にも無いガランとした部屋の真ん中で、俺は牧野を抱き寄せた。
昼間は出来なかったけど、この両手で彼女の細い身体を思いっきり抱き締めた。そうしたら・・・もう止めることなんて出来ない。

再び溢れ始めた想いが全部、この腕を通して牧野に注がれていく・・・それを残らず受け止めて欲しくて力が強くなった。


『・・・花沢類?』
『言ったじゃん・・・探したんだ。本当に会いたかったんだ・・・牧野、あんたの事が忘れられなくて・・・』

『・・・・・・あ、あの・・・』
『ずっと好きだったんだ・・・もう離したくない。離せないんだ・・・牧野』



恋が始まるのに時間は掛からなかった。
「好き」って言葉はすぐに「愛してる」に変わった。 牧野が同じ想いでいてくれたと知って、情けないけど泣きそうになった。


『6年前に言ってくれれば良かったのに・・・そんなに頼りなかった?』
『そうじゃないの・・・凄く弱くなっちゃって、色んな力が出せなかったの』

『こんな淋しいところに独りでいるからだよ・・・2人でいたらきっとその力が出せるよ』
『・・・ふふ、そうなのかな』

『弱くていいんだって・・・これからは俺が居るから』
『・・・ありがと、花沢類・・・』


牧野を抱いたのはそれから1週間後・・・まだ誰のものにもなってなかった牧野は、その時の痛みで涙を溢したけど「嬉しい」って言葉をくれた。


もうどんな邪魔が入っても恐れない。
どんな男が現れようと牧野に触れさせない・・・自由な羽はそのままでもいいけど、牧野が羽を休めるのは俺の腕の中だけ。



恥ずかしいからってこっそり2人で行った真夏のビーチは夕方からだった。
泳げないって言う牧野と海に沈む夕焼けを見て、薄暗い中で波を蹴って遊んだ。

花火大会は俺のマンションの窓から2人で見た。
昔みたいに大声ではしゃいだりせずに、触れあう腕にドキドキしながら花火の色に顔を染めた。

夏の台風が来たら怖がる牧野を一晩中抱き締めた。
牧野は早く静かになればいいのにって震えていたけど、俺は心の中でこの嵐が長引かないかと思ったりして。


秋には紅葉を見に出掛けた。
風に舞って落ちてくるモミジに手を伸ばして、掴まえたら嬉しそうにハンカチに包む子供みたいな牧野。少し肌寒くなって肩を抱いたら周りを気にして俯いて歩いた。

初めて過ごす2人だけのクリスマスはホテルを予約した。
牧野に贈った黒のベルベットドレス・・・今まで見た中で1番美しい彼女が俺の前で微笑んでくれた。


『今週末はあんたの誕生日だよね。少し早いけどこれ、プレゼント・・・受け取ってくれる?』

差し出したのは白い封筒・・・それを牧野は不思議そうな顔をして受け取り、中を確認した。
そして目をまん丸くさせた。


『これ・・・まさか?』
『くす、判った?』

『で、でも・・・ホントに?』
『この日から俺が帰ったら毎日あんたが待っててくれる・・・あはは、俺へのプレゼントみたいだね』


封筒の中に入れていたのは俺のマンションのカードキー・・・牧野の誕生日から俺達は一緒に暮らし始めた。




**




「おはようございます・・・」
「あぁ、おはよう!花沢君、少しいいかな?」

海外事業部に出勤して自分のデスクに向かおうとした時、課長から呼ばれて奥の小会議室に入った。
そこは長テーブルが幾つかあるだけの部内会議で使う場所。

こんな所に個別に呼んで、何の話だろうと内心嫌な予感がした。
何かミスったっけ?いや、順調に打ち合わせは進んでる案件ばかりで俺としては悩んでないけど?

色んな事を考えていたら、何かの資料を持って部長まで現れた。


「あぁ、どうぞ心配せずに座ってください、花沢君・・・はは、呼びにくいねぇ」
「・・・いえ、一社員ですからそのようにお願いします。それでどう言う話でしょう?何かクレームでもありましたか?」

「いやいや、そんな事じゃ無いんだよ。実は今回アメリカの企業から花沢に共同事業の申し入れがあったのだがね、それの担当になってもらいたいと思うんだよ」

「アメリカの?どんな内容でしょう?」

部長が話したのはアメリカの航空機製造大手企業と共同で、飛行機のエンジンリースや旅客機から貨物機への改修などと言った大規模な航空関連事業を日本で行いたいというものだった。
それはかなりの大規模事業で、話が纏まれば花沢としては今1つ振るわない航空産業へ参入する絶好のチャンス。

幸運なことにこっちから無理を言った話でもなく、向こうからのラブコールなら当然話合いはスムーズに進むだろう。
それに一営業マンでもあるが花沢の後継者が担当だと思わせる事は、今後強力なビジネスパートナーとなりそうなその企業を繋ぎ止めることにもなると。


「・・・判りました。その事業のプロジェクトチームに加わります。これほどの大きな案件は初めてなのでフォローを宜しくお願い致します」
「あぁ、1人で仕切るわけではない。チーム一丸となって是非とも花沢のブランドをこの分野にも広めていこうじゃないか!フランスのお父上もこれで安心されることだろうな!」

「・・・いえ、まだ何もしていませんから」
「ははは!まぁ、そうだがね。でも、こうして1つずつ経験を重ねる事が今の君には必要な事だと社長も言っておられた。成功させて良い報告が出来る事を祈ろうじゃないか!」


成功させて良い報告が出来るように・・・それは父さんを納得させることだろうか。
牧野を連れてフランスに行くことが出来る、その第一歩だろうか。


見上げた空はまだ重く鈍い色をして、銀色の雨を地上に注いでいた。





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2019/06/30 (Sun) 12:59 | EDIT | REPLY |   
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2019/06/30 (Sun) 13:41 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

パール様、こんばんは!

あっはは!怒りませんけど💦無視はするかも💦
1週間は・・・そうねぇ、その日だと余りにも野獣的な気がして・・・。

つくしちゃんの時に書かなかったのはここで書いてたから(笑)
皆さん、急にくっついた!って思ったみたいで(笑)

いやいや、短編だからねぇ・・・。
そのシーンも軽く軽く軽く行かないとねっ!どんどん話数が増えていくから(笑)

うふふ、変態シーンはもう少しお待ち下さい♡

2019/06/30 (Sun) 19:43 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

ビオラ様、こんばんは♡

おおおっ!鋭い・・・(笑)
シリアス物ですからね・・・ははは!

うんうん、順調にお付き合いしてるんですよ♡
類君は道路を歩いてる感じだけど、つくしちゃんは吊り橋を渡ってる感じ・・・今はそうなのかな?


やっと梅雨入りして雨が続くといいながら、私の住んでるところは雨が降らずに暑いだけ・・・。
少しは梅雨の雰囲気が欲しい所です💦

2019/06/30 (Sun) 19:47 | EDIT | REPLY |   

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