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plumeria

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右手にイマイチ力が入らないから、つくしに手伝ってもらって俺も着物に着替えた。
それを紫音も花音もやっぱり真下から覗き込むようにして見てくる。

これまでにつくしにも弟子にも見せた事がある着替えだけど、何故こんなに照れ臭いのか・・・クスクス笑うつくしを睨みつけてやった。そうしたらビビって口元を隠すけど、すぐにまた笑い出す・・・すげぇ擽ったい幸せだった。


「つくし、掛け物と花を生ける。手伝ってくれ」
「はい、判りました」

「紫音と花音はあきらの所で待っておけ。見たかったら見てもいいが、邪魔はするな。判ったな?」
「「はーい!」」


邪魔するな・・・言い過ぎかもしれないが、いくら略式の茶席とは言え準備には集中したい。
この俺の考えを少しでも感じてくれたら嬉しいが・・・・・・と、思ったら双子はすげぇ逃げ足が速かった。

「総、無理だよ、いきなり・・・」
「だな・・・くくっ、仕方ねぇな。じゃ、2人になったから・・・」

「はっ?あっ・・・」

数日ぶりのキス・・・着物が着崩れないように抱き締めてつくしの唇を奪った。
1度離して目を見つめ合い、再び重ねようとしたら・・・

「わすれものしたぁ!!」、と花音の大声と同時にバーン!と襖が開かれた。
そうして俺達の足元にあった縫いぐるみを引っ抱えて、すげぇ速さで廊下を走って消えやがった。


「・・・・・・・・・」
「・・・・・・プッ!」

「・・・顔は俺だが中身はまるでつくしだな!」
「あはは、可愛いよねぇ!」




今日の掛け物は「一期一会」。
茶花はこの別荘の庭から紅椿と白梅のつぼみをもらうことにした。

別荘の茶室に炉はあっても躙り口があるような造りじゃない。紫音達の歳を考えて、客の出入りの順序や亭主の挨拶もかなり省かせてもらうことにして、あきら達には先に茶室に入ってもらった。
子供達は末席に置いたら手助けが出来ないから、あきらと仁美さんが挟むように座ってもらい、夢子おばさんが正客の位置。


それが揃った所で、亭主口から俺が入り一礼、続いてつくしが一礼して入った。
点前座には俺、つくしは本来誰も座らないが俺の後ろ側についた。全員が座ったら主客総礼、子供達は見様見真似で頭を下げていた。


「本日はこのような席をご用意頂きありがとうございます。このように少し不自由な部分がございますので略式ではございますがごゆっくりお過ごしください」
「ありがとうございます。楽しませていただきますわ」

「小さなお子様のご参加ですからどうぞ堅苦しくなりませんように」


今日の夢子おばさんの着物は黄ベージュ地に新年を表す松模様が映える色留袖。
仁美さんは明るめのグレーの綸子に松竹梅、宝尽くしなどの吉祥文様。俺達よりも年上だけあって、上品で大人っぽい落ち着いたものだった。
そんな全員が着物だなんて初めての双子は、俺とおばさんの挨拶にも不思議な顔をしている。行儀良く座ってはいるが、これが何分保つかが問題だ。


「若宗匠、本日の掛け物はこちらを選ばれたのね?子供達にお話しして下さる?」

「はい」、そう言うと身体を紫音たちに向けた。本当はこんな茶室で崩した言葉なんて使わないが、今日は特別。紫音と花音に掛け物に書いてある「一期一会」の説明をした。

「まだ読めないだろうが、これは「いちごいちえ」って読むんだ」
「いちご?食べるいちご?」
「・・・あれ、いちごじゃないよ、かのん」

「ははっ!漢字で書いてあるからな。上2つの文字が『いちご』下2つの文字が『いちえ』だ。『一期』とは自分の人生・・・生きてる間って事だ。『一会』とはただ一回の出逢いって意味。判るか?」

「「わかんない・・・」」

「うん、まだそうだろうな。簡単に言えば、どんな相手だろうとどんな場所場面であろうと、その人と言葉を交わすその一瞬一瞬はその時だけ・・・1回だけって事だ。だからその出会いに感謝しようって意味だ」

「・・・でも、ぼく、みんなと毎日会ってるよ?」
「かのんも~」

「それでもその日に話した内容と言葉、時間は違うだろう?同じ時間は作れない・・・つまり1回しかないって事なんだ。全く同じ時間が2回来る事はない。誰であってもその一瞬はその時だけって事を言うんだ」

「ふぅ~ん・・・」
「しおん、わかるの?」
「・・・なんとなく?」

くくっ・・・花音は掛け物の話より既に足が痛いみたいだ。自分の足を気にし始めたから、仁美さんがそっと足を崩させた。でも紫音は真っ直ぐ俺を見て、いつもより真剣だった。

いい目をしている・・・親馬鹿って訳じゃねぇが、普段穏やかな紫音の中に強さを見たような気がした。


「別の言い方をすれば・・・少し哀しい言葉だが『出逢った時が別れの時』とも考えられる。その時が過ぎれば別れるだろう?そして普通はまた会えるんだ。でも絶対に会えるかどうかは判らない・・・だから誰かと逢った時間は大事にしなさい、そう言う意味だ」

「あえない時もあるの?」

「あぁ、ある・・・この前行った旅館のお婆ちゃんだって次にいつ会えるか判んないだろう?またねって言って別れたからって会えるとは決まってない。大事なのはいまこの時間だって事だ。
俺はこうやって茶を点てることが仕事だから、何度も茶会ってものをやってるが、絶対に同じ茶会は出来ないと思ってる。だから、1回の茶席を大事にしようと思ってるんだ」

「・・・ふぅ~ん」

「はは、難しいな。ほんの少し頭の隅に置いておいたらいい・・・出会った人との時間を大事にするってな」


まだ双子が理解出来なくて当然。
それよりも、これは横で聞いてる仁美さんに贈りたかった言葉だ。
あきらと出会ったこと、俺達と出会ったこと、紫音と花音の母親になったこと・・・そのどれも大事な時間だったと覚えていて欲しい。そしてこれから何が起きても、また俺達と会えた時にはその時間を大切に思えるように。

仁美さんには俺の想いは通じたようで、小さな声で「ありがとうございます」・・・そう言った。


「あら!若宗匠、これお庭の椿かしら?」

「は?あぁ、申し訳ない、こちらのお庭のお花を生けさせて頂きました。花入れは『古銅柑子口』でございます。
本来椿はそれだけで生けることが可能な『一種の花』で、花入れの口元近く低く入れる『根締めの花』でもありますが、本日は丁度梅の枝もございましたので一緒に生けております」

「ふわぁ・・・」
「あぁっ・・・か、花音・・・」


くくっ・・・花音が欠伸してつくしが慌ててるな?


そしてこの後に今日は薄茶点前だけを行った。

道具を運び出すのは時間短縮のためつくしにも手伝ってもらい、建水、水指、茶器や茶碗を定位置に置き、柄杓を釜の近くに置いた。茶器、茶杓、棗を膝前まで持って来て帛紗捌きをし、それらを拭いていく。
そのシーンとした部屋の中で、俺の作法を花音以外が食い入るように見つめていた。

釜から湯を汲み出し、茶筅とうじを行い茶碗を拭く。そして茶器と茶杓を持って茶をはく・・・ここで夢子おばさん、あきら、仁美さんには普通でいいが、子供達にはどうするか・・・。
凄く悩んだが茶の量を少し減らしてもっと薄くすることにした。

俺がガキの時には容赦なく飲まされたが、暫く匂いも嗅ぎたくないくらい嫌になった。宗家に生まれ育った俺でさえそうだったんだから、何にも知らない紫音と花音には強烈だろう。
本当はきちんとした味で飲ませたかったが、それは今じゃなくてもいい。この茶室の空気だけ味わってくれればいいと思うことにした。

微かに湯が沸く音、俺が湯を汲み出す音、茶筅が茶を点てる音・・・その小さな音だけが茶室に響いていた。

そして夢子おばさんの前に出すと「頂戴いたします」と言って一礼、何故か紫音まで頭を下げていたのには笑えた。既に花音はお手上げ状態・・・足が投げ出されている。
仁美さんは何度も直させようと必死だったが仕方が無い。何と言っても初めての茶会なんだから。

「お気になさらずに。飲む時だけ姿勢を正しましょうか」、そう言うとあきらまで噴き出していた。


「大変結構なお服加減でございます」

おばさんの言葉の後はあきらにも差し出し、こいつは作法を心得ているから問題はない。続いて紫音の前に小さめの雪兎の茶碗で薄くした茶を出すと、あきらを見上げて困った顔をしていた。
あきらも俺が居るから「どうする?」なんて言うし、仕方ないから俺が教えてやった。


「俺がここに置いただろう?紫音はそれを自分の膝の正面まで持って来て1度置きなさい」
「・・・はい」

「ここで本当なら次の客に挨拶してからだが、今日はこのまま進めよう。まず挨拶は『お点前いただきます』だ」
「おてまえ・・・いただきます」

「そうだ。次に茶碗を右手で取って左手に乗せ、右手を添えてから茶碗の正面を避けるために、懐回しと言って時計の針と同じ方向に2度回して向きを変える」

それはあきらが横から手を添えて教えてくれた。

「最後まで残さず吸いきる感じで飲みきるんだが、無理しなくていいぞ?」
「・・・・・・はい」

「飲み終わったら飲み口を右手の指先で軽く拭うんだ」
「・・・はい」

紫音は口をつけるまでに何度も躊躇って、あきらを見たり俺を見たり仁美さんを見たり・・・それでもやっと目を瞑って一気に飲んで、すげぇ顔をした。
それも無理はない・・・逃げ出さなかっただけでも大したもんだ。
そして最後に涙を浮かべて「けっこうな・・・おふくかげんで・・・」って所で噎せた。


「はははっ!よく飲めたな、大したもんだ。これはオトナの味だからな・・・苦かったか?」
「・・・うん、にがかった・・・」

「そうかそうか!ははっ、そりゃ当たり前だ」


気が付いた時には次に飲むはずの花音の姿は茶室には無かった。そして出していた茶菓子も無かった。
申し訳なさそうに両手で顔を覆う仁美さんに「花音の事をお願いします」と言えば、彼女も席を立ってお転婆を追いかけて行った。


大笑いする夢子おばさんとあきら、それにつくしだったが、俺は紫音をジッと見ていた。
紫音も俺をジッと見ていた。


「どうだった?紫音・・・これな、茶道ってんだ」
「さどう?」

「そうだ、茶道・・・これが俺の仕事だ。いつか本格的な茶を紫音に飲ませてやるからな」

「・・・はい!」



何故だろう・・・今までやってきたものに比べて大雑把で適当だったのに、俺はこの茶会が今までで1番嬉しかった。
辞めずに続けて良かったと、心の底から思った。

それは後ろに座って居るつくしも同じだったかもしれない。





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茶をはく、とは抹茶を茶碗に入れることを言います。
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