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あの日から5年の月日が流れた。
日本で取り纏めた事業が成功し、その後父さんの指示でフランスに呼び戻された。

今、俺はフランスの花沢物産でdirecteur général exécutif ・・・所謂管理職として仕事をしている。
以前は上手く付き合えなかったスタッフとも今は良好な関係で、気軽に冗談まで言える仲になった。
社内でストレスを感じる事も少なくなって居心地は悪くない・・・俺の指示にもみんなよく動いてくれるようになった。

ただ心の中は大きな穴が空いたまま・・・牧野で占められていたスペースはそのままだった。


他のどんな事でも埋めることは出来ない。
どれだけ大きな契約を結べても、どれだけ実績を積み重ねても、どれだけ大きな企業が新規取引先として目の前に現れても心の隙間が埋まることは無い。


俺は身体の半分を日本に残したままフランスで暮らしていた。




牧野が雨の中に消えた日・・・俺は一晩中窓の外の雨を見ながら待っていた。

帰ってきたら何を話そう。
先ずは「さようなら」の取り消しから・・・そんな風に考えていたのに朝まで起きて待っていても彼女は帰ってこなかった。

重たい頭を抱えて薄暗い朝に珈琲を淹れる・・・自然と2人分作る自分に軽く笑いがでた。


牧野は何に苦しんでいたんだろう・・・仕事の方が大事だと本気で思ったんだろうか。
そんな訳無いのに、どうして理解してくれないんだろう。俺が頑張れるのは1人じゃ無いから・・・いつかあんたを花沢に迎えるためなのに。

解り合えていると思っていたのは俺の奢りだったんだろうか・・・そんな事を考えながら誰も飲まない珈琲カップを目の前に置いて自分の珈琲を飲んだ。
こんな気分なのに今日は休む訳にはいかない・・・昨日話し合った事を纏めておかないとあのクライアントは何を言い出すか判らない。

そんな思いから1人で会社に向かった。


きっと今日の夕方には会える・・・牧野が帰ってきたらもう1度謝ろう。
どんな理由があっても誘われたデートをすっぽかしたのは俺だ。彼女の言葉を責められない・・・出掛ける時はそう思っていた。

社では昨日の話し合いの取り纏めでドタバタして牧野に電話すら掛けられなかった。何度か送ったメッセージには既読がつかなかったが、それも拗ねてるだけだと思っていた。
昼休みも返上してメールや文書作成を急ぎ、追加質問に答えたり資料の差し替えをしたり、夕方残業しないようにとクタクタの身体に渇を入れて走り回った。

そのおかげなのか正式に契約成立・・・部長は誇らしげに契約書にサインしクライアントと握手を交わした。


その日は定時で仕事を切り上げて急いでマンションに戻った。
途中何度電話してもやっぱり繋がらない。まだご機嫌斜めなのかと気を揉んだけど、ちゃんと話し合えば仲直りは出来る。
牧野の好きなケーキを買って、記念日でも何でもなかったけどお詫びの花を買って急いでエントランスの階段を上がった。

そして息を切らして辿り着いた自分の部屋・・・1度深呼吸してからドアを開けた。


「ただいま・・・牧野、帰ってるよね?何処にいるの?」

ドアを開けた瞬間、サーッと冷たい空気を感じた。
いつもなら奥の部屋の灯りが漏れていて、そこから夕食の美味しそうな香りが漂ってくるのにそれがない・・・。
ハッと玄関を見たら牧野の靴がない。まだ帰ってなかったのか、と廊下を歩いて行くと何故か心臓がバクバク鳴り始めた。

この先に行かない方がいい・・・俺の身体の一部がそんな事を言う。


リビングのドアに手を掛け、ゆっくり押してみた。
勿論誰も居ないから部屋は暗かった。そこでも鳥肌が立つような室温・・・それにゾクッとした。

中に入ってリモコンで電気を点けた瞬間・・・目の前に見えたのはこの部屋のカードキー・・・それと1枚の便箋。
そこに書いてある文字を俺はリモコンを持ったまま見つめた。


『今までありがとう。
私は総て忘れます・・・類も全部忘れて下さい。さようなら』



忘れろ?あんたの事を忘れろって言うの・・・?

そんな事、出来ると本気で思ってるの?あんたは忘れるって?・・・本当に忘れられるの?!


その時、急に降り始めた激しい雨が窓硝子を揺らした。
近くで雷が大きな音を立て、稲光を走らせた。牧野はこの雨の中・・・今何処に居るんだ?!


急いでベッドルームに行くと、牧野の持ち物が減っていた。
服は僅かに残されているけど、いつも使っていた鞄もないし日用品もなくなっていた。ドレッサーに置かれていた化粧品も牧野が好きだった本もない。
そこに置かれていたのは俺がプレゼントしたアクセサリーだった。

クローゼットには牧野が昨日着ていたワンピースがある。
少し汚れて皺だらけで、まるで彼女の抜け殻のようにそこに掛けてあった。


俺が知っている所には電話を掛けて牧野の行方を追ったけど判らなかった。
会社はその日で退職、その後の住所は実家を記入していたけど実家にもなんの連絡もしていなかった。

自由に飛べる羽根でも手に入れたかのように居なくなった牧野・・・何処かで止まらないと生きていかれないのに、あんたはその羽を何処で休めてるの?


気が狂いそうだった。
やっと見つけて、やっと捕まえたと思ったのに・・・飛び立って行くだなんて考えもしなかった。

なんの疑いもなく・・・俺達は愛し合ってると思っていた。





「専務、どうしたんですか?」

不意にコトンとデスクに置かれた珈琲に目をやった。
それを持って来たのは秘書のアラン・・・俺よりも5歳年上のフランス人だ。


「いや、別に・・・少し日本を思い出していただけ」
「・・・忘れられない例の女性ですか?」

「・・・まぁね」
「素敵な方だったんでしょうね。あなたがそんなお顔をされるなんて。だからですか?また社長からのお話をお断りになったとか・・・ブルーアイの凄い美人だって噂でしたよ?」

「・・・誰が来てもお断り。ダメなんだ・・・他の人じゃ」



俺が最後に見た牧野は後ろ姿だった。
雨の中を傘も差さずに走り去った・・・都会の暗闇に流されるように消えて行った後ろ姿だった。

どうしてあの時に追いかけてその腕を捕まえなかったんだろう。
捕まえて抱き締めてそのまま離さなかったら、今頃俺達はこの街で笑ってたんだろうか。





***************************





「牧野さん、お疲れさーん!また明日なぁ!」
「はーい、お疲れ様です」


私は今、大阪の小さな会社・・・「森川工業」で働いている。
東京で見付けた会社よりもさらに小さな工場・・・工員さんが3人で社長さんと奥さんと私だけ。
営業担当なんていなくて、社長さんが古くからの付き合いのある企業から仕事をもらってくる、本当に小さな下請け会社だ。

ここだと誰も私を見付けない・・・そう思って選んだ仕事場だった。


「牧野さん、これ貰い物なんやけど」
「え?あら、美味しそう!なんですか、これ」

「小豆島のな、オリーブの茶葉が入ったクランチチョコレートや。ハート形でめっちゃ可愛いんやけどうちは何回も貰ってるから良かったら持って帰り。珈琲に合うんやで」

奥さんがそう言って持たせてくれたお菓子。
それを受け取って今日も小さなアパートに向かった。


「・・・あ、雨・・・そっかぁ、梅雨だもん、当たり前だよね」




5年前の雨の日・・・あのデートの日、私はわざとウキウキしてる自分を作ってリストランテに向かった。
何処かで少しだけ嫌な予感があったけど、会えばきっとそんなものは吹っ飛んでしまうだろうと思っていた。私からの誘いだもの、きっと何があっても来てくれると思っていた。

そう思わないと、花沢類と暮らしていく自信が持てなかった。

『いらっしゃいませ』
『予約をしていた牧野ですけど・・・』

『お待ちしていました。どうぞ、こちらでございます』


大事な人とのディナーだと話していたから、このお店でも一番眺めのいい席だった。ただし今日も雨・・・生憎窓硝子に流れる雫越しにしか景色は楽しめなかったけど。
もうすぐ約束の時間・・・そろそろ走ってくるのかなって、お店の入り口をソワソワと確認してばかり・・・。

時間を過ぎてもそれが数分の時はなんとも思わなかった。
もう少し遅い時間にしたら良かったかな?ぐらい・・・。
でも、それが30分過ぎた時、頭の中に嫌な思いが過ぎった。もしかしたら仕事を優先されたのだろうか・・・それなら早いうちに電話があっても良さそうじゃない?スマホを見たけど着信もメッセージもない。

だから不安な気持ちを抱えたままずっと雨を見つめていた。


『お客様、お料理は如何致しましょう?』、1時間経ったら流石にお店側からさり気なく催促された。
それも当たり前だろう・・・だけど1人で頼むわけにもいかないし、もうすぐ来るかもしれない。あの入り口から慌てた彼が走ってくるかもしれない。
だから『もうすぐ来ると思うので待っててもいいですか?』・・・ウェイターさんの顔を見ずにそう答えた。

それでも1時間半・・・・・・私は何も考えられなくなった。
向かい側の席の人が私の方に顔を向けて同席の男性と話してる・・・多分、約束をすっぽかされた私を笑ってるんだろう。

そして2時間経った時、お店の人からもう1度確認された。


『・・・ごめんなさい。キャンセルしてもいいですか?』
『え?あぁ・・・でも、キャンセル料金が発生してしまいます。お客様の分だけでもご用意出来ますが?』

『いえ、もう帰ります。料金はお支払いしますから』


そう言って席を立ったらスマホが鳴った。
もう、その時には私の心はざわつかなかった・・・静かに画面を確かめて、そのまま電話に出ることはしなかった。

彼の言い訳を聞きたくない・・・そう思ったから。



彼はすぐに私を見付けてくれた。
私がいつまで待っていたかをお店の人に聞いたんだろう、そしてこの付近を走り回って探してくれたんだ・・・そのぐらいは想像出来た。そして雨が降りしきる中で抱き締められたけど、私はそんな花沢類の顔を見ることは出来なかった。

何度も謝りながら告げられた言い訳・・・それは私が後回しにされたと確認させられたようなものだった。


『牧野、怒ってもいいから何か喋って?待ちすぎてお腹空いただろ?今から何処かに・・・』
『もういいの・・・よく判ったから』

『・・・牧野?』

私の返事に驚いた花沢類は抱き締めていた腕を緩めた。だから私はその腕の中から逃げるように抜け出た。
それまで抱き締められて温かかった腕が一気に雨に冷やされていく・・・むしろそれを心地よく思った。


もう不安な温かさの中に居たくない・・・明日消えるかもしれない光を求めなくていい。
それでも顔を見たら弱い私はすぐに戻りたくなる。だから花沢類に背中を向けたまま言葉をぶつけた。


『・・・自分の欲だけで花沢類の仕事を中断させちゃいけないのに空気も読めなくてごめん・・・ホント、馬鹿だよね!』
『・・・怒るよ、牧野。誰がそんな事を言ったのさ』

『怒ってよ・・・もうお前なんか居なくていいって怒ってよ!もういい・・・もういいの!さようなら、花沢類!』
『牧野!!』

『来ないで!!』




その日の夜、私は初めてビジネスホテルに泊まった。
そして会社には朝になって電話で退職を申し出た。

社長さんも知美さんも驚いたようだったけど、理由は「一身上の都合」・・・それだけで何も言わなかった。


花沢類のマンションには彼が勤務中に戻った。
もしかしたら私の事を心配して部屋に居るかな?少しだけ期待したけど・・・誰も居なかった。

それは期待外れの想像通り・・・私はボストンバックを2つ用意してそれに必要最低限の荷物を詰め込んだ。そのバッグは凄く重たくなったのに、何故か辛いとは思わなかった。
胸の痛みに比べたらこんなもの何ともない。肩に食い込みそうな荷物でさえ軽く感じられた。


そしてカードキーをテーブルに置き、メモみたいな手紙を残した。


『今までありがとう。
私は総て忘れます・・・類も全部忘れて下さい。さようなら』



その足で会社に1度出向いて退職手続きを済ませ、東京を離れた。






『・・・明日の未明までに予想される関西地区の雨量ですが・・・』

テレビが今日も天気予報を繰り返す。
今日から暫くは雨マーク・・・私は貰ったクランチチョコレートを食べながら、いまだに慣れない関西の地図をテレビ画面で見ていた。

ついでにいつも言われる東京の天気・・・あぁ、東京も雨なんだなって確認したらテレビを消した。


私が最後に見た花沢類は笑顔のまま・・・デートに喜んでくれた笑顔の彼だった。

別れを告げた時の顔は見ていない。
花沢類・・・どんな顔してたんだろう。

そしてその顔は今、笑ってるんだろうか・・・それとも・・・・・・。


窓硝子にぶつかる雨音が強くなった。
私の心は今日も雨水で溢れそう・・・いつかこの雨水で窒息するんじゃないかって思うほど。


あの日から私の心の時計は止まったままだった。




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2019/07/12 (Fri) 11:46 | EDIT | REPLY |   
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2019/07/12 (Fri) 13:15 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

chawarin様、こんにちは。

ご訪問&コメントありがとうございます。

イメージに合わない・・・はい、私もそう思います。
ですがそれもまた有りなのが二次のお話しです。ご理解くださいませ。

つくしちゃんのイメージは作家様、読者様、それぞれに違うと思っています。
正確にこうだと言えるのは原作者様だけ、そう思っています。

二次の世界ではお話し毎に彼女の性格だったり仕事場は変わります。だからこそ面白いと感じて頂けないでしょうか?
好き嫌いは致し方無いのですが「こう言うつくしちゃんもいるんだ」って事でご容赦ください。


尚、ご自分に合わないと思われた時にはどうぞ無理なさいませんように。
貴重なご意見、どうもありがとうございました。

2019/07/12 (Fri) 13:46 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

ビオラ様、こんにちは。

そうですよね~!
でもそこでぶちまけたら私の場合ギャグになりそうです💦

なかなかシリアスものは大変ですね。
特に類君のお話のシリアスはつくしちゃんよりも自分が疲れます(書いたくせに💦)
読者様、類君がお好きだから仕方ないですね。

何とかほんわか持って行こうかと思うのですが・・・さて、どうしましょうか。
ちょっと悩んでいます(笑)

2019/07/12 (Fri) 13:52 | EDIT | REPLY |   
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2019/07/12 (Fri) 20:16 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さゆ様、こんばんは!

あら、嬉しいお言葉♡

切ない系のお話しはエンドの歓びが大きいですもんね!
書くのも本当はシリアスが好きです💦

Comedyはお話しを膨らませるのが大変だけど、シリアスは広げやすいので。
読まれる方は辛いですけどね~💦

色んなお部屋で色んなお話しが多いので、たまには辛い恋もいいかな?なーんて思っています。
今は離れ離れ状態ですが、最後はほんわかと締めくくりたいです♡

応援コメント、ホントに嬉しいです。いつもありがとう~♡

2019/07/12 (Fri) 22:01 | EDIT | REPLY |   
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2019/07/13 (Sat) 01:04 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

シナモン様、こんにちは。

はははははは!心配はそこかいっ!!(笑)

そんな心配はいいって💦自分で頑張ってるから!
もうそんなの得意技になってるから!
(どういう意味?)

私にしては珍しい30前の2人(笑)
大人の恋・・・全く自信がありません💦羽目を外した恋しか書けないから(笑)

2019/07/13 (Sat) 14:38 | EDIT | REPLY |   
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2019/07/14 (Sun) 20:20 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

麦猫様、こんばんは。

辛い思いをさせて申し訳ございません💦
なにせ最近は類君は楽しい話が多かったので、書く方としては違う角度で2人を描きたいと思うところがあるのです。

離れないと気が付かない部分も、別れてから反省することもお互いにあると言う事ですかね。

リアル多忙とお伝えしたとおり、暫く連載のみになります。
再開は未定です。ですが、お読みになって辛いと思われたらどうか無理はなさいませんように。
ご希望通りのエンドかどうかは判りませんが、私は悲恋で終わらせたことはありません。

ご理解いただきたいと思います。

2019/07/14 (Sun) 22:31 | EDIT | REPLY |   
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2019/07/15 (Mon) 01:40 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

麦猫様 おはようございます。

こちらこそいつもありがとうございます。
そしてお気遣いくださいまして感謝申し上げます。

うふふ!判りますよ、私も元々は類つくです。
原作の時は類君のところしか目に入らなかった人です(笑)

類君を幸せに・・・ははは、お任せください♡(途中が辛いけど💦)

2019/07/15 (Mon) 09:18 | EDIT | REPLY |   

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