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plumeria

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日光から帰ったのは夕方近く。
わざわざ夢子おばさんがお袋にお礼の電話まで入れてくれていたから疑われもせずに、俺は茶会が滞りなく終わったと両親に報告をした。
「その手で出来たのか?」なんて言うから「多少は震えましたが、そこはご勘弁いただきました」とだけ。

幸い神経を傷付けていなかったから痺れることもなく、力を入れれば少し痛む程度だ。
細かい所作に苦労はするが来週には抜糸もするし経過は順調・・・そう言えば「披露宴までには治りますわね」とお袋が言った言葉には顔が引き攣った。

2月の終わり・・・最後の日曜日が披露宴。もう1ヶ月を切った。


「おぉ、そう言えば帰った早々で悪いが鷹司会長が後でお見えになる。誰かからお前の手の話を聞いたらしくてな。大した怪我ではないから気になさらずにとお断りしたのだが、顔が見たいと言われるので夕方には戻るとお伝えしているのだよ。
美作でも出来たのなら大丈夫だろう。お茶を点てて差し上げなさい」

「鷹司会長が?・・・はい、畏まりました。それでは着替えて参ります」


着物を脱いでいたからもう1度支度をするために部屋に戻り、そこで1人で着替えた。
紫の姿がなかったが気にもせず、どうせまた薫を連れて何処かのサロンにでも行ってるのだろう・・・そのぐらいしか思わなかった。


新しい着物に着替えると自分の茶室で炭を起こし湯を掛け、寒いだろうから火桶も用意した。そして今日使った「一期一会」の掛け物と庭から取ってきた藪椿・・・ここでも同じように席を設えた。
障子を開けて空を見ればもう薄暗い・・・彼奴らは目的地に着いただろうかと考えていた時に若弟子が会長の到着を告げに来た。
ここで俺は1度退出、鷹司会長に茶室に入っていただき、俺は隣の水屋で薄茶点前の準備をした。

若弟子と会長の会話が微かに聞こえ、どうやら部屋に入ったようだ、
それを感じとると適当な時間を見計らって俺も茶道口から茶室に入った。

これも改まった茶会ではないから挨拶は略式で、極普通に会長と向かい合って座った。


「・・・手を怪我されたと聞きました。どうされたのです?お家元は詳しく話して下さいませんでしたが・・・」

「はい、少し昔の素行を知っている人に絡まれまして・・・はは、内密にお願いいたします」
「・・・おや、それはいけませんでしたな」


ここは西門本邸・・・何処で誰が聞いているか判らない。
だから前もって用意していた筆を取り出し、同じく用意していた紙にある文字を書いた。それを覗き込む鷹司会長は老眼の目を細めたり擦ったり・・・書き終わると会長の前に差し出した。


『息子・紫音と娘・花音の事を2羽の鶯に喩えます。
私が父親であることを伝える事が出来ましたのでご報告いたします』



それを見て目を大きくした会長は、その後すぐに慌てて廊下に目をやった。
この茶室横の廊下の端・・・不確かだが人の気配がする。俺はそれが薫のような気がしてならなかった。

「会長はお身体は如何ですか?あれから風邪などは引いてないですか?」
「・・・お?おぉ、そうですな。元気にしております・・・」

「あぁ、そう言えば友人宅に2羽の鶯がいましてね・・・最近、そのように小さなものでも奪って逃げる者がいるそうです。友人がかなり嘆きまして探し回ったのですが見付からず、大騒動でございました」

「・・・なんと、そんな事があったのですか?」

会長は俺の言いたいことが判ったんだろう、廊下を気にしながらもそれが紫音と花音の誘拐だと気が付いたようだ。
だから話しながら簡単な言葉を書いていく・・・今度は『無事に連れ戻しました』、そう書いて見せるとホッとした表情を見せた。


「私も鳥など追いかけた事もないのですが時間を作って探しに行きました。どうやら鶯を飼いたかった男が、2羽もいたので嬉しくなって連れ去ったようです。突止めまして説得しましたら返してくれましたよ」

「ほほぅ、若宗匠が説得を・・・?」
「えぇ、そうです」

そう言って右手の包帯を見せると「その時の・・・」と小さな声を漏らした。

「ですが連れ戻しましたら、今度は友人がこの鶯は昔私が手放したものだから返すと言いましてね。そう言えばそんな事があったな、と思い出しました。もう何年も前の事ですっかり忘れておりましたが」

「ではその鶯は若宗匠のところに・・・?」
「それならば何かと準備しなくてはなりませんね・・・では、茶を点てましょう。このような手ですから満足いただけるかどうかは判りませんが」


その時、微かな衣擦れの音が聞こえた。
そしてその誰かが廊下を去って行く・・・会長の耳には聞こえなかったようだが俺にははっきり判った。その足音は男のそれではない。やはり何処かで会長の話を聞いた紫が薫を差し向けた・・・そう言う事だろう。

ソワソワと落ち着かない会長は我慢出来なかったのか、障子を開けて廊下を確認し、もうそこに誰も居ない事が判ると自分の席に戻ってきた。


「・・・誰も居ませんでした。が・・・やはり鶯で?」
「えぇ、そうしていただけますか?」

このまま紫音と花音の名前は出さずに小さな声で会話は進んだ。
細かい説明なんて必要ないから吉本の誘拐理由なんて言わない。ただ美作家から連れ去られたのをつくしと2人で探しに行き、無事に連れ戻した後で美作から真実を話すべきだという言葉が出たのでそうしたと・・・あきらの嫁さんの事も当然説明しなかった。


「ただ鶯も小さいでしょう?ですからよく判っていないのです。まだ、何となくぼんやりと・・・と言う感じでしょうか」
「それは仕方のないことですね。雛の時からその家で過ごしたのですから」

「あちらの母鳥の調子が少し悪いようです・・・子育てが難しくなったのですよ」
「あぁ、そうですか・・・」

「そう言えば今日はその鶯に会ってきましたよ。これを説明しましたが、小さいながらに耳を傾けていたようです」
「・・・はは、さぞかし難しかったでしょうな」

俺が掛け物に手を伸ばすと会長もそれを見て着物の袖で口を覆って笑った。
そして薄茶を点て、茶碗を差し出したらゆっくりと味わいながら飲んでくれた。


「今日はまろやかなお味ですな・・・余程よい時間を持たれたのでしょうな」
「・・・はい。鶯も苦そうでしたが飲んでくれました。この世界に少し興味があるようです・・・大人しい鳥ですが鋭い感性を持っているようです。もう1羽は逃げてしまいましたがね」

「ははは!何もかも若宗匠の思うようには行きませんかな?」
「・・・そのようでございます」


「・・・それではこれからですな・・・私はいつでも見守って居りますよ」
「ありがとうございます。心強う思います」


もしも誰かが聞いても意味が判るはずがない。
俺はこの会話の最中に自分で書いた文字を火桶で燃やした。それを会長は微笑んで見ていたが、どことなくこの先の騒動も考えているのだろう、憂いに満ちた目には変わりなかった。




*******************




総からも無事に西門に着いて、家元達にも何も怪しまれていないとメッセージが届いた。
夢子おば様のお礼の電話もあったらしく、すっかり今日のお茶会を信じ込んでいるようだって。

それを聞いて一安心・・・私も子供達と一緒に夕食のテーブルについた。


「今日はマナーなんて気にしなくていいからしっかり食べろよ?そして話した通り、今日から仁美ママはここで暮らすからしっかり甘えていいぞ」

「・・・ねぇ、ほんとうなの?ひとみママ、おうちにかえらないの?」
「かのん、そう言ったじゃん。ひとみママはここでびょうきを治すんだよ」

「ごめんね、紫音、花音・・・でも、あなた達の本当のママが傍にいてくれるから大丈夫でしょう?ちゃんと言うこと聞くのよ?」


可哀想に・・・どれだけ説明してもこれだけは納得出来るわけがない。
大人の事情を判れと言う方が無茶・・・それなのに私達はこの子達にそうさせてるんだと思うと切なかった。
小さな胸を痛めて出すに出せない悲鳴をあげてる、花音はそんな表情だった。

総の状況なんて説明も出来ない。
どうして私と総が両親なら一緒にいないんだろうって、心の奥では疑問に思ってるけど言えない・・・紫音はそんな表情だった。


「お前達には本当にごめんなって思うんだ。でもな、前にも話したけど牧野は・・・つくしママは病気だったんだ。とてもお前達と一緒には暮らせなかったし、いつ治るのかも判らなかった。
そして総二郎も仕事が大変でお前達の傍にいることが出来なかったんだ」

「うん・・・つくしママはげんきになったんだよね?」
「ひとみママは今から治すの?」

「そうだ。判って欲しいのはお前達を捨てたんじゃない、大好きだったから美作の家に預けてくれたんだぞ?お前達は俺と仁美、そして本当の両親に愛されてるんだ。この4人はお前達をずっと見守ってるんだぞ?」

「また・・・会えるんだよね?」
「会えるよ、ねぇ!ひとみママ・・・会えるよね?」


「・・・えぇ、いつかね・・・その為に病気を早く治さなきゃね」

「うん!かのん、お利口にして待ってる!」
「ぼくも!」


この後は哀しい言葉は出さずにみんなでワイワイご飯を食べた。
美作さんもお酒を少しだけ飲んでテンションを上げ、仁美さんはあの日以来初めて大笑いしていた。私も頑張って冗談を言いながら声を出して笑った。

みんなが大笑いしながら、その裏で喉が灼け付くような苦しみを味わってる・・・そんな夕食だった。


それでも前に進まなきゃいけない。
子供達も仁美さんも美作さんも・・・私も総二郎も、僅かな1歩を前に向けて出さなきゃいけない。


ふと見上げた窓の外・・・都会から離れたこの町の夜空は凄く綺麗だった。





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