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plumeria

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鷹司会長を門前で見送った後、俺は自分の部屋に向かった。

子供達の事を伝えられた安堵の気持ちもあったが、それよりも廊下で俺達の様子を窺っていた「誰か」のことが気になって厳しい表情になっているんだろう。
すれ違う弟子や使用人がみんな端に避けて怯えたような顔をしていた。


そして離れに戻り、ガラッと扉を開けた瞬間、目に付く場所で紫に寄り添って何かを話していた薫がサッと彼女から離れた。それは如何にもヤバい所を見られたと思わせるような動きで、薫は俺に背中を向けて項垂れていた。
紫の方はそう言う感情を出さないのが得意だから、入って来た俺にいつもの能面のような顔を向けた。

そして軽く一礼し、知らん顔して視線を外した。


「・・・どうした?何かあったのか?」
「いえ、何もございませんわ。それよりお疲れ様でした。日光まで遠かったでしょう?手の傷は大丈夫でしたか?」

「・・・別に問題はない。略式で一碗だけだ。むしろ会話を楽しんだような茶会だったからな」
「そうでございますか」

取り敢えず労はねぎらっておこうかと言うぐらいの挨拶・・・そして勿論その言葉にも感情は無い。
薫も俺達の会話の間にオドオドと動き始めて、テーブルにあった湯呑みをキッチンに運ぼうと盆に手を伸ばした。


「・・・いつもこうなのか?」
「・・・はい?」

「ここは一応俺達の新居、次期家元夫婦の棟だ。それなのに薫はいつも俺が居ない時に入って来てるのか?」


本当はそんな事なんてどうでも良かったが、本来宗家のプライベートルームには使用人は入らないものという決まり事があった。ここの中では紫がキッチンを使うには問題ないが、使用人が入って茶を入れるべきではない。
俺が少し厳しい目を向けたら、薫は怯えたように湯呑みをその場に置いてテーブルから飛び退いた。

そして「申し訳ありません」と小さな声で謝ると、そそくさと離れから出て行った。
紫はその様子を黙って見ていたが、薫が出ていった後は無言で椅子から立ち上がり奥の寝室へと向かった。


「お前、今日は何処に行ってたんだ?俺が戻った時に出迎えなかったが外出していたのか?」

「・・・あら、私の行動に興味がありますの?」


俺が声を掛けると背中を向けたまま立ち止まって、少し顔を横に向けてそう答えた。
興味なんてなかったが、さっきの茶室での事が気になるだけ・・・薫を使って何を探ろうとしたのか、そう思っただけだった。


「いや、言いたくないのなら別にいい。知りたいって程じゃねぇから」
「・・・薫を同行させて、岩代のご隠居様のお屋敷に出向いていたのですわ」

「は?岩代の隠居・・・あの爺さんの所に行ってたのか?」

思い掛けず紫の口からでた岩代の名前・・・それに驚いて俺もゲストルームに向かっていた足が止まった。
そして振り向いたら紫は身体の向きを変えて俺を正面から見つめ、感情を持たない目を向けた。そして真っ赤な唇はその先を話し出した。


「ご存知でしょう?もうご隠居様はお屋敷から出られる状態じゃございません。ですから披露宴にも足をお運び頂けませんの。それで今一度ご挨拶にと思いまして。宝生とは遠縁に当たりますし、総二郎様とはこの前もご一緒にお訪ねしたばかりだから言わなかったのです。申し訳ありませんでした」

「それに薫を同行させたのか?」

「えぇ、薫も幼い頃に会ってるので・・・それだけですわ」


これからあきらの所に送られてくる日記を手掛かりに、岩代の爺さんと香川真一の行動を調べようとしていたのに・・・これはただの偶然だろうか。
わざわざ紫が岩代にこの時期に行くなどと・・・しかも俺に何も言わずに薫を連れて?

でもこいつは俺が過去に起きた出来事を調べているなんて知らないはず・・・本当に偶然その名前を聞いただけだと自分に言い聞かせた。
そしてあきらから聞いた昔話を思い出し、それを尋ねてみた。


「・・・そう言えばお前、ガキの頃にうちに来て俺と会ったことがあるってのは本当か?」
「・・・え?」

「いつの茶会か判らないが桜の大寄せだと聞いた。俺に会うのはあの病院が初めてじゃなかったって事か?」
「・・・誰からそんな事を聞きましたの?」

「・・・うちの古弟子だ。正確にはお前かどうかも判らない。ただ宝生から小さな女の子が来たことがあるって聞いただけだが」

「・・・・・・・・小さな女の子、ですか・・・」


あきらからの情報だなんて言えない。
だから誤魔化してみたが、紫は否定しなかった。違うなら違うと、嘘でもすぐに言い返しそうなのに反論しなかった。
そして俺を見つめていた目は逸らされ、ゆっくりと瞬きをされた・・・その表情はなんだ?

懐かしそうな・・・悲しそうな・・・何とも言葉にしにくい憂いに満ちた表情をした。


「総二郎様・・・桜貝がお好きなのですか?」
「・・・桜貝?桜貝ってあのピンク色した薄い貝殻の?」

「黒い髪は・・・」
「は?誰のことだ?」

「・・・本当に何も覚えていないんですか?」
「逆に聞きたい。お前は今、なんの話をしてるんだ?」

「いえ、いいんです・・・失礼します」


クルリと背を向ける時にはいつもの能面の表情に戻っていたが、瞬間見せた悲哀に満ちた目はなんだ?
俺から遠離る紫の背中を見つめながら、ゾクッとする不安を覚えた。




*********************




「それじゃあ今日はこの子達と一緒に過ごします。ありがとう、つくしさん、あきらさん」
「おやすみなさーい!つくしママ!」
「あきらパパ、またあしたね~!」


仁美さんは子供達と手を繋ぎ、先に休むと2階に上がる階段に向かった。
紫音と花音も空いてる手で私達に手を振り、ニコニコして仁美さんの横を歩いてる・・・私と美作さんは「おやすみ~」と3人に手を振って階段を登り切るまで見つめていた。

そして奥の部屋のドアがパタン、と閉まるとホッとため息をついてソファーに沈んだ。


「しかし、よく食ったなぁ!食後のデザートなんてよく腹に入るよな・・・」
「お昼ご飯が少し早かったのと、人が作ってくれたら余計美味しく感じるからじゃない?自分で作ると途中でお腹いっぱいになる感じだもん。でも花音の食欲には驚くわ~!」

「ははっ!牧野に似てるんだろ?顔は総二郎なのに中身は全部お前だ」
「えっ?!そんな・・・」


美作さんはここでお酒の用意をした。
食事の時も少しは飲んでいたけど、今度はちょっと強めのウイスキーをオンザロックで。私にも飲むか?って笑顔を向けられたからホントに薄めの水割りにしてもらった。

何だかこうしてると2人で来てるみたい・・・総が見たら怒るだろうなって思いながら乾杯した。



「・・・牧野、話があるんだ」

急に美作さんが真面目な顔で私に話し掛けた。
その声が今までと違っていたから驚いて、慌てて曲がってた腰を伸ばし、彼に正面を向けて姿勢を正した。
それには「改まる話じゃないって!」って美作さんは噴き出したけど、とても真剣な声だったから・・・私は子供達の事だろうと思ってジッと彼の目を見た。


「ヤバっ・・・そんなに怖い顔すんなよ」
「え?怖い顔って・・・で、なんなの?何の話?」

「誰にも言うなよ?総二郎にも話してないんだ・・・だけど、牧野には知っててもらいたくてさ」
「総にも話してないのに私に?そんなの・・・いいの?」

「ははっ、バレたらあいつは怒るだろうけどな。実はさ・・・」


私はこの時、美作さんがずっと考えていたある「計画」を聞かされた。
それには驚いて・・・でも、凄く嬉しくなって自分の事のように涙が溢れた。そんな私を見て「泣くなよ!」って慌ててたけど、もしもそれが上手くいったらどんなに素敵だろうかと・・・。

それを今から想像して胸が熱くなった。


「まだ伝えてないからさ・・・受け入れてくれたらいいんだけどな」
「うん、そうだね。でも、きっと受け入れてくれるよ!私はそう信じる・・・何だか夢みたい・・・!」

「まだ実現してないって!でも説得する自信はある。後は気持ちを待つだけかな?」
「もう少し時間が掛かるかもだね。応援してるね、美作さん!」

「あぁ。1人でも知っててくれる人間が居たら心強いな!」



早くその日が来ますように・・・私と美作さんは2階の部屋を同時に見つめていた。





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