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plumeria

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コンコン、と部屋をノックする音が聞こえて「あけてくださ~い!」と花音の声が聞こえた。
驚いて開けてみると珈琲を2つ乗せたトレイを紫音が真剣な顔で持っていて、花音が皿に乗せたチョコレート菓子のようなものを持っていた。

「・・・お!大丈夫か?紫音」
「・・・・・・うん、これ、つくしママから・・・」

今にも落っことしそうな危なっかしい角度・・・!慌ててトレイを受け取ると廊下の向こう側から心配そうにつくしが顔を出していた。「心配すんな」って小さな声で言うと苦しそうな笑顔・・・そして姿を引っ込めた。

「サンキュ!もう風呂に入ったのか?」
「今からつくしママとはいるの~!」

「そっか!温まるんだぞ?寒いからな」
「「は~い!」」

あきらと交互に声を掛けると双子は嬉しそうに俺達に飛び付いて、その後手を振って出ていった。
辛い日記を読んでいる途中の天使の笑顔・・・それにあきらと苦笑いして珈琲を飲み、続きに向かった。



次のページを捲ったがその日付は変わっていない。
この日、青田喜子は何かを思って一気に書き残したんだと思った。




****************


<青田喜子の日記>

岩代様がお帰りになって、私はお屋敷の中が騒然とする中で1人踞って事態が落ち着くのを待っていました。

お嬢様は確かに襲われたけれど服を剥ぎ取られただけで、所謂そのような行為がなされたとは思えない程度の時間でした。だからきっとお嬢様たちは暫く経てば元に戻って、いつもと変わらない日常に戻る・・・そう思い込もうとして必死に頭を抱え込んで座っていました。

その時、旦那様の声が聞こえました。


『おい、この割れた茶碗はなんだ!ご隠居、何か持ってこられたのか?』
『は?いやいや、私が持って来たのは樂茶碗であって、先ほどあなたにお見せしたでしょう?今でも向こうの部屋にあるじゃないですか!』

『それでもこんな桐箱に入った茶碗は・・・それにこれは油滴天目じゃないか?』
『そ、そのようですが油滴天目はそう簡単に出回る物じゃない!良く出来た偽物ではないのですかな、ここにあったものじゃないんですか?』

『我が家にはこのような桐箱に入った天目茶碗などないわ!それにここは紫の部屋、こんなものは置かん!』
『確かに・・・』


その時にハッと気が付いたのです。
岩代様に言われて私が持っていった茶碗・・・何故そのような事をしたのか聞いてなかったけど、持って行ったのは私だという事は紫お嬢様が知っています。
それについては話してもいいのだろうかと思いましたが、タイミングが掴めずオロオロとしておりました。

紫お嬢様は気が動転して何もお話しではなかったけれど、そのうち説明を求められるはず・・・その時でいいだろうと、私は知らんふりして皆の所に戻ろうと立ち上がりました。


『ご主人様、大変でございます!!岩代様の車が・・・!』

私が廊下に出てすぐに、逃げた男を追っていた使用人が血相変えて屋敷の中に入ってきました。しかも岩代様の名前が出たので驚き、私も足を止めてもう1度隠れていた部屋に戻りました。
そこで耳を澄ませていたら、またしてもとんでもない事故が起こったのです。

『岩代様の車が当家の駐車場から出たところで男性を撥ねたようでございます!その男性が頭から血を流しておりまして!』
『なんだと?頭から血を・・・?ではここから逃げたヤツなのか?あの京都の男は何処だ、そいつか!』
『まさか!!明日香堂の倅は雛人形を見に行ったのではなかったのか?』

『それで、その男はどうした!』
『岩代様の車の前で倒れたまま動きません。恐らく・・・亡くなったのではないかと』

『なんだと!今何処にいる?!』
『裏木戸の近くに!』


あの男性が亡くなった・・・その言葉を聞いた時、足が震えました。


岩代様の事故を知っている者には固く口止めをし、ドタバタしていた屋敷の中でその事実を知っている使用人は極一部・・・しかも広い屋敷で使用人も多かったので起きた事件が何だったのか、判ってない人も居ました。
殆どの人は泥棒が入ったとか、不審者が庭を荒らしたとか、その程度だったのかもしれません。お嬢様達の姿を使用人に見せないようにと誰も近づけなかったから。


その男性が骨董品屋さんだと確認した後、すぐに旦那様、西門様、岩代様が一室に籠もられました。

そこに私も呼ばれました。岩代様がお話しになったからです。そしてこの件についての話合いが行われました。
紫お嬢様様のご両親はショックが酷く、若旦那様は部屋に籠もられ若奥様はお嬢様の傍についておられましたが、この件についてはご隠居様達だけで片付ける・・・そのように言われて話合いには入られませんでした。

骨董品屋さんのご遺体は裏門の隅、人目に付かない場所に置かれていて、傍目にはそれと気付かないように毛布で包まれていました。


まず、この件を警察に届けるかどうか・・・。

旦那様は可愛がっていた初孫のお嬢様が襲われたと言う事を絶対に知られたくない。岩代様は最終的に自分の車が轢いてしまったかのように思われるのは困る。西門様は自分の連れて来た人間の不祥事を表沙汰にしたくない。
皆様は警察に届け出ないことをすぐに決められました。

それでもこうなってしまった責任は何処にあるのかで揉め始めると、自分の屋敷が血で穢された旦那様のお怒りはそれは恐ろしいほどで、西門様と岩代様を責められました。


『そもそも雛人形とメイド服なんぞ着る女を間違うとは・・・呆れて言葉も出ませんな!ご隠居が堅物だとは思っておりましたが、そのような勘違いをしてあんな男を連れて来なければ紫が穢されることはなかったのだ!』
『それは申し訳ないと思うがあの男もはっきり言わなかったのだ!小さな声でボソボソと・・・骨董品屋が女の子の人形と言えばそうかと思うでしょう!』

『それに何故、岩代様は紫の部屋にあのような茶碗を?』
『・・・あれは儂が中国に足を運んで本物だと言われ高値で買ったのに、日本で鑑定したら偽物と言われたのでな。腹がたったから子供の遊び道具にでもなればいいと思って渡しただけだ。深い意味などない!なぁ、青田さん、儂はそう言っておっただろう?』

『は、はい・・・そのように言われて私がお嬢様にお渡ししました』

『あの茶碗は割れて血がついていた。どっちが男を殴ったのだ?!岩代様、見ていたのだろう?』


殴ったのは薫ちゃんです・・・私はその場に居て、心の中でそう言いました。
でも、岩代様は違う事を言ったんです・・・殴ったのは紫お嬢様だと。私は驚いて顔をあげました。でも、恐ろしい顔で睨まれ、すぐに俯いて訂正しませんでした。


『なんだと・・・紫が?紫があの男を殴ったのか!』

『そうだ。あんたの孫娘が男を殴りつけて、その後に蹌踉けて何処かに消えたのだ。何処に隠れていたのかは知らないが、力尽きる時に儂の車に飛び込んできおって!』

『だから紫はあの茶碗の欠片を集めたのか?!そんな・・・そんな!!』

『西門が自分を騙したと言って怒っておったのぉ・・・なぁ、青田さん』
『た・・・確かにそんな感じの事を・・・』

『だから目についたあの幼い子供で憂さ晴らししたんだろうなぁ』

『なんですって?この私が騙した・・・だからそうではないと言ってるのに!勘違いをしたのは悪かったが、あの男の言葉足らずな部分が原因だ、決して私のせいでは・・・!』
『いや、やはり元々は西門のご隠居の早とちりが原因だ!それさえなければ・・・我が家に目的の物がなければ同行してこなかったって言うんだろう!』

『宝生様!あなたが樂茶碗を見たいと言ったのですよ?!』


『まぁまぁ、2人とも落ち着きなさい。起きた事は仕方がない・・・さて、これをどう片付けましょうかな?』


結局、岩代様はご自分が紫お嬢様の存在を教えて唆したことも隠し、男を殴ったのも薫ちゃんだった事を隠しました。
襲ったのは西門のご隠居に対する腹癒せ、男を殴り付けたのは紫様だと言ってこの騒ぎを完全に闇に葬るつもりだったのだと思います。
そして追い掛けている途中に躓いた時、そこにあった庭石で頭を強打しているのにそれも言わず、まるで致命傷は紫様の一撃であるかのように話したのです。


確かにどちらが致命傷だったのかはわかりませんが、小さい薫ちゃんの殴り方で、果たしてそれが致命傷になるのかは疑問・・・でも、それを口に出すことは出来ませんでした。


最終的に血のついた茶碗が入った桐箱は処分すると言う話になりましたが、何処でその茶碗が人目につくか判らないと旦那様が言い始め、それなら絶対に隠し通せる西門様の蔵に納めようと言う事になりました。
西門様の蔵はご先祖様の代からの骨董品で埋め尽くされ、ご隠居様ですらその全部を把握していないとか。

その蔵の中に紛れ込ませれば誰の目にも触れない・・・それを聞いて旦那様は桐箱を西門様に渡されました。


その茶碗には確かに紫様の指紋もついていますが薫ちゃんのものもあるはず・・・その時に調べれば持ち上げたのが誰かは判ったのかもしれません。
私が知る限り桐箱の中は確認されませんでした。
あの時紫様が欠片を掻き集めて蓋をされたまま・・・西門様が難しいお顔をされてその桐箱を赤い紐で厳重に括り直されました。そして旦那様が封印具を貼られました。
この封印具は剥がすと跡が残り誰かが開けたと判るもの・・・それを私たちの前で見せられました。


『では当家の蔵の奥に眠らせます。宜しいですかな?』

『・・・やはり捨てた方が良いのではないのか?』
『いや、万が一のことがある・・・西門なら誰も入ることは出来ないから安心だ。それにこのような忌まわしいものを我が家の何処かで処分などしたくない!』

『確かに我が家の蔵を開けることが出来るのはその時の家元のみとされております。息子は何も知らないし、しかもこれは京都の蔵に納めますから・・・』


そうやって茶碗は永久に人の目に触れないように、西門様が封印されたのです。


その後、男性の遺体が何処に行ったのかは知りません。
ただ、旦那様が宝生家の所有地の図面を色々と手配されたのは知っていました。

若旦那様と若奥様にも紫様の将来の為にも総て忘れるようにとだけ・・・お二人は旦那様の指示に従い、この事件の事に触れることはしませんでした。

数日後、屋敷でこの事を見てしまった人間には高額な退職金が用意され、口止めされて順々に屋敷から出されました。私も当然その1人です。でも、私の場合は旦那様と言うより岩代様に半分脅されたようなものでした。
その証拠に息子の勤める会社に岩代様の会社から大きな商談が持ち込まれ、それを担当するのが息子になりました。

同時に言われたのです。
あの日の事を誰かに喋れば、この案件で不正を起こし、罪は息子に負わせると・・・。


辞める少し前、1度川崎さんに話したことがありました。
さも、自分は無関係だと言わんばかりに「廊下で2人が言い争っていたのよ」・・・と。
それさえ怖くなって私は東京から出て行きました。


2ヶ月以上が経って思うのです。真実を隠す理由なんてなかったのではないかと・・・。

その時だけ噂が流れても旦那様、岩代様、西門様、紫お嬢様、薫ちゃん・・・誰にも罪はなかったと思うのです。
それなのに世間の目を気にして1人の男性の消息を絶ってしまった・・・それこそが一番の罪だと思うのです。

でもそう言う私も広島でジッと過ごすことしか出来ない。


情けない・・・本当に自分が情けない。




*********************




青田喜子の日記はこの次からは日常の出来事のみ書かれていて、事件の事には触れていなかった。
この日付の時だけ、彼女は誰にも言えなかったストレスをここに吐き出したんだろう。

そして最後まで言葉では誰にも伝えなかった。
誰かがこれを見付けて真相を判ってくれれば、と願ったのかもしれない。


「その日の動きは判ったが・・・でも誰1人冷静にはなれなかったのか?」
「この時には全員が自分の家を守るのに必死だったんだろう。監視カメラで全部の部屋を警備、なんて考えない平和な屋敷だったんだな。何より紫を守りたかったんだろうけど」

「紫は本当の事を言わなかったってことか?それとも薫を庇ってんのか?」
「いや、子供のした事だから責任能力なんて問われないだろうし、紫だって7歳前後だろ?刑罰なんて知らない年・・・そもそもこの大人たちの会話を知らないんじゃないか?紫は自分が殴った事にされてるだなんて思ってないとか?」


宝生の先代もうちの先代もこの世を去った。
これだけの騒ぎの元凶である岩代の爺さんは呆けやがった。

紫が襲われた日の事は判っても、何故紫が西門を・・・俺を恨むのか・・・それがまだ判らなかった。

そして香月真一が今何処で眠っているのか、それも判らなかった。




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