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plumeria

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「それじゃ俺は午後から書斎に籠もる。気が散るから誰も寄せ付けないでくれ」

「・・・判りましたわ」
「畏まりました!」

昼食を終えた時、誰に言うわけでもなく言葉を出したら返事をしたのは紫と薫。志乃さんは軽く頷くだけで両親は反応なし。俺が真面目に仕事をするなら文句はないと言った感じだった。
一足先にダイニングを出て離れに戻り、引き出しをさり気なく確認・・・鍵はまだそこにあったが少しだけ俺が置いた場所からずれている。

うちの蔵は最新式の二重式電子錠。この専用の鍵とパスワードを打ち込まないと開かない仕組みになっている。見た目は鍵のように作られているが穴に差し込むようなものじゃなくて読み取り部分に翳すだけ。
そのパスワードを書いた紙を同時に入れていたが、そいつも動かした形跡があった。


紫が見付けた・・・そう思った。
昼食を挟むから持ち出さなかったと言う事だろう。パスワードは書き写した可能性も高い。
また引き出しを閉めてエッセイの為の資料を持ち、離れを出て行った。



すぐにダイニングから戻って来た紫達とすれ違ったが、俺は無言で通り過ぎるつもりだった。
それを引き止めたのは紫の方で、予想外のそれにビクッとして一瞬顔が引き攣った。


「お仕事の前に珈琲をお持ちします。そのぐらいは宜しいでしょう?途中はお声掛けしませんから」
「・・・あぁ、構わない。30分ぐらいは資料整理だからそれまでなら」

「判りました。寒いのでお風邪など引かれませんように。暖かくして下さいね」
「俺の事は気にぜず自分の心配をしておけ」


これまでそんな気遣いもした事ないクセに・・・そして俺もいつもなら撥ね付けるクセに。
お互いに裏で探り合ってる状態だから普段と違う会話になるんだろうか。そんな俺達を傍にいる薫の方が不思議そうに見上げていた。


書斎に入るとまだ締め切りが随分先のエッセイの資料を出し、如何にも仕事に取り掛かるかのような小細工をする。そうしているうちに「失礼します」と小さな声が聞こえて、薫が珈琲を持って入ってきた。
「若奥様が眠くならないようにこれもどうぞ、とのことです」・・・そう言って出された眠気覚ましのタブレット菓子、それを机の端に置いたらお辞儀をして出ていった。


まだ湯気がたってる珈琲・・・その香りの中に疑念を抱いた。

恐らく紫は薫をこの書斎の近くの廊下で見張らせているんだろう。そして眠くならないようにと菓子まで用意したクセに珈琲には「何か」が入ってるのかもしれない。

京都での一夜を思い出してゾッとした。

だが俺もそのぐらいは想定内。
何故、離れで仕事をせずにこの部屋を選んだか・・・それはこの家にずっと住んでる宗家の人間にしか判らねぇ事だ。


西門本邸の極限られた部屋には隠し扉、それに続く隠し部屋、隠し通路がある。

家元夫妻の寝室、家元の茶室の水屋、仏間・・・そしてこの書斎にもその隠し部屋があって廊下に出なくても庭に出られるようになっていた。紫も薫もそんな事とは知らずに俺をここに閉じ込めた気になってるだろう。
だから初めのうちはわざと物音を立てて自分の気配を感じさせ、暫く書斎に留まっていた。

15分ぐらい経ってから、今度は音を立てないように書斎の壁の前に立った。
その壁はわざと模様のある木材で作られていて、15センチ程度の飾り棚を1つだけ取り付けてある。普段はそこに小さな花を生けたり土産でもらった物なんかを置いて、それが隠し通路への入り口だと判らないようにしてある。


その飾り棚を手前に引くと、裏側に取り付けてあるアーム式の蝶番で壁が動く。
その向こうはもう一つ部屋があって、外に出られる扉がある。この扉を開けると両側には常緑樹が植えてあって目隠しになり、使用人に見付からずに庭に出られるようになっていた。

ただし使われていたのは相当昔で、今はこんな扉を使って屋敷から抜け出すようなヤツはいない。この扉の存在を知ってるのは家元夫妻、しかも男系の子供にしか伝えていないと聞いたことがある。
お袋も親父が家元になり、自分が家元夫人になってから初めて聞かされたはず。そして俺達3兄弟は同時にこれを伝えられたが口外無用とキツく言われ、実際使った事なんてなかった。

そんな所も古臭い話で馬鹿馬鹿しいと呆れていたが、今回ばかりは役に立った。
前もってここに用意していた目立たない服に着替え、靴に履き替えた後、その扉から外に抜け出した。


ここから蔵まではかなり距離があるが俺の移動を誰かに見られる訳にはいかない。冬でも植木が茂っているような庭の中を、細心の注意を払って北の蔵まで向かった。

そして辿り着いた時・・・丁度紫が同じく目立たないような色合いの着物で蔵の扉を開けるところだった。



「ヤべっ!今か・・・!」

慌てて近くの植え込みに隠れ、そっと紫の動きを窺った。
電子錠を読み込ませたところで1度周囲を確認、その時の表情はいつも以上に鋭かった。そして植え込みに潜んでいた俺にも気が付かずに再び鍵に目をやると指が動き出した。
パスワードの入力・・・そして蔵の鍵が開いたんだろう、もう1度後ろを振り向いて左右を見回し、蔵の中に消えて行った。

そして嘘だとも思わずに、俺が漏らした通り扉を開けたままにしている。
ストッパーがあるのは本当だが、内側からでも開ける事は出来る。あれは俺が侵入するために扉を閉めさせないようにするために出した言葉だ。
だが手違いが起きたら大変な事になると思った紫はそれを信じ込んだんだろう。


紫の姿が消えた後、俺も静かに蔵に近づき中の様子を窺った。

紫は蔵の奥の方に進んでいる・・・気持ちが焦ってるから目当ての箱を探すのに必死のようだ。
俺が少しだけ扉を開けて、足音をさせないように忍び込んだのにも気が付いていない。

掛け物の桐箱だけは区別がつくが、花器の箱と茶碗の箱は見分けがつきにくい。
表書きがあるが紫には馴染みがないから読めないだろう。沢山ある棚にぎっしり積まれた同じような箱は、素人が見付けるのは時間が掛かりそうだった。

何度か小さなため息を漏らしている・・・思っていた以上に品物があったんだろう。
もしかしたら諦めるのか?と、思ったが一向に出ていく気配はない。薄暗いから小さな懐中電灯だけ持って色んなところを照らしながら、紫は茶碗の桐箱と思われる物を1つ1つ確かめていた。


「違うわ・・・これも、あぁ、これも・・・何処にあるんだろう」

そんな呟きが凍えそうな蔵の中に響く。
冷えきった空気で耳が痛くなるほどだったが、俺も息を殺して紫の後ろ姿がギリギリ見える位置に隠れていた。


そうして暫くしたら紫の動きが止まった。
丁度その顔が俺から見える位置・・・紫は驚いたような目である一点を見つめていた。

その手が伸びたのは紫の背の高さぐらいの位置にあった桐箱。
色は褪せていたようだが赤っぽい紐で封をされた桐箱を手に持った。聞こえてきたのは「見付けた・・・」という声。
その箱を大事そうに抱えて懐中電灯で照らし、そして耳を当て中の音を確認・・・割れた茶碗かどうかを確かめているのかもしれない。
茶碗は破損防止の為に保護材で包まれているが、割れていたら音がしてもおかしくはない。

それで何かを確信したのか、紫は箱を抱き締めてその場に踞った。


それを見たら俺はまた気付かれないように蔵を出た。
こいつより先に離れに戻らないといけない。紫はあの箱を持って自分の部屋に行くはずだ。
この件で問い詰めるのはその時だと思い、音をさせずに蔵を出ると急いで自分達の離れに向かって走った。


離れに戻ると荒い息を抑え、ゲストルームに入った。
紫はここに鍵を返しに来るはず・・・薫に俺を見張らせてると思い込んでるから疑わずにそのドアを開けるだろう。

そう予測して部屋のドアに向かって真っ直ぐ立っていたら、予想通り離れの扉が開く音がした。
そしてこの部屋までの僅かな距離・・・その廊下を歩く音が近づき、ノックもなくそのドアが開かれた。



「・・・・・・え?」

「どうかしたか?何故驚いてる?」


「・・・総二郎様、どうして・・・」

「どうしてとは?ここは俺が使ってる部屋だ。俺が居て何か不思議な事が有るのか?それよりもその手に持ってる桐箱はなんだ?随分と古そうなものだが・・・で、どうしてこの部屋の扉を開けた?俺に何か用か?」


紫は俺が居る事に驚き過ぎたのか、目を大きく見開いて固まっている。
桐箱を持つ手が震えて、もう片方には蔵の鍵がある。それを隠す事すら忘れて立ち尽くしていた。

真っ赤な唇が半開きのまま、何かを言おうとしても言葉が出てこない。
そうして俺がゆっくり近づいて手に持ってる蔵の鍵を奪うと、桐箱を持ったままその場に座り込んだ。



「この鍵を返しに来たんだろ?見付かったようだな、お前の捜し物」

「・・・総二郎様、あなたって人は・・・!!」




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