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plumeria

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「この鍵を返しに来たんだろ?見付かったようだな、お前の捜し物」
「・・・総二郎様、あなたって人は・・・わざと私に鍵の事を話したのね?私が蔵に向かうことを想定して、あんな分かり易い引き出しに・・・?!」


紫は踞ったまま桐箱を抱え込んだ。
そして眉を顰め、俺を見上げて睨みつけている。

4年間で初めてこいつの「素」の感情を見た・・・そう思った。


「試すような事をして悪かったとは思うが、こうでもしないとお前は本当の事を話そうとしねぇだろ?
ずっと疑問だったんだ。どうして意地になって西門に嫁ぐ事だけを考えたのか、どうして俺に憎しみを持つのか・・・それにお前が抱えてる茶碗、そいつが関係してんのか?」

「・・・・・・・・・」

「今でも書斎で俺を監視してる薫・・・彼女にも関係があるんだろう?」

「・・・それもご存じだったんですか。薫、見張りをしくじったって事ですね?」

「しくじったって言うより、そうするだろうと思って窓から外に出たって訳。ここにはお前も知らない部屋が沢山あるからな・・・そこに着替えを準備していただけだ」


隠し部屋の事を話す訳にはいかない。
だが動揺している紫はこの話をおかしいだなんて考える余裕もない。今の話を信じ込んだようで唇を噛み締めた。


「それに差し入れ・・・京都であんな目に遭ってる俺がお前が用意した珈琲を飲むと思ったか?何を入れたかなんて言わなくてもいいけど、それに口をつけてないから動けてるのかもな」

「・・・そうですわね。お飲みになっていたら今頃夢の中ですわ」

「・・・だろうな」


紫は深く息を吐き、落ち着きを取り戻したようだった。
同時に緊張が解かれたのか全身の力が抜けて、ゲストルームのドアに凭れ掛かるようにして座っていた。
そんなだらしない格好は初めてだ・・・足を斜めに投げ出して背中に体重を掛け目は虚ろ・・・それでも膝に抱えた桐箱から手を離そうとはしなかった。

そしてよく見たら桐箱には微かに黒っぽいシミがある・・・それは香月真一の血痕だろうか。
自分を襲った人間の命を奪ったかもしれない茶碗・・・本来見たくもないはずなのに何故紫はこいつを探したかったのか。



「そのまま黙ってるつもりなら俺から言おうか?」
「・・・え?」

「紫が言わないならその茶碗がどう言う経緯の物か、俺が説明しようかって言ってるんだ」
「まさか、それもご存じなの?」

「・・・あぁ、あの日の事はもう調べて知っている」


もう1度大きく見開いた紫の目・・・でもここまで来たらどうでも良くなったのか、すぐに俺から視線を外した。
自分の口からは何も言いたくはない、そう言う意思表示・・・紫の唇は真一文字にギュッと結ばれた。

それならば仕方ない。
これまで調べた内容を俺から伝える事にした。


「お前には悪いが宝生の中に1人忍び込ませて調べさせてもらった。18年前にお前と薫に起きた事件・・・1人の見知らぬ男に襲われ、その男を殴ってしまったこと。それにうちの先代が関わっていた事も、岩代の爺さんが居合わせた事も突止めた。
ただ完全に判ったわけじゃない。もう俺達には調べる術がなくなったんだ。だから紫、お前の口からじゃないと最終的な事実が判らない。話す気にはならないか?この事件が元でお前は西門を恨んでるんじゃないのか?」

「・・・・・・・・・」

「襲われたきっかけを作ったのが西門・・・そう思ってるんじゃないのか?確かに変な勘違いをしてあの男を東京に連れて来たのはうちの先代だが、紫達のところに誘導したのは岩代の爺さんだ。それを紫は知ってるのか?
本当は薫が殴ったはずなのに紫が殴った話にすり替えられている、その辺りの誤解は解けてるのか?」

「・・・・・・・・・」

「何故その茶碗が西門にあることを知ってるんだ?誰かがお前に言ったのか?大体割れた茶碗なんて確かめてどうする?もしそれに指紋がついていたとしても18年も経っていたら検出出来るかどうかも疑問だし、むしろ蔵に納めてこの先目にしない方が良かっただろう?その天目茶碗に何が隠されてるんだ?」


「・・・・・・総二郎様は・・・そこまで知ってるのですね」


紫が投げ遣りな薄笑いを浮かべた。
そんな笑い方は初めて見た・・・作り物の笑顔じゃなくてこいつの本当の笑い方。

紫は恐らくこう言う笑顔しか出来ないのだろうと思った。薫といても何処か態とらしく見えた微笑み・・・こいつは笑い方をあの時に忘れたのかもしれない。


そんな虚ろな表情で、俺の目を見ずに小さな声で昔話を始めた。




*********************


<side紫>

あれはもう随分前の事・・・私のところに小さな妹が来た。
名前は薫・・・新しく住み込みで働く調理師の娘で私より2つ下だった。

独りっ子で人見知りだった私に初めて出来た友達であり妹のような薫。
まだヨチヨチ歩きの頃から私達は一緒に遊んで育った。使用人の娘だったけれど私との仲が良かったから、両親も特別に扱って私の部屋にいつも来ていた。


春のお花見も夏の花火も、秋の紅葉も冬の雪もいつも2人で見ていた。
本当に可愛かった・・・実の妹じゃないかと思うぐらい一緒にいて、一生この子とは離れないと思っていた。


宝生には子供は私1人。
お母様は子供が出来にくい体質だったらしく、小さい頃から「お婿さんに来てもらう」と繰り返し聞かされていた。勿論私には何のことだか判らず、でも両親に逆らう事なんてしてはならないと教えられていたから何も尋ねなかった。

お嫁さんに行く、その言葉なら絵本で何度も読んだけど、お婿さんが来るなんて聞いたこともない・・・子供ながらに不思議だった。でも薫とはそう言う話もしていた。


『お婿さん・・・えっと、お父さんのことでしょ?』
『お嫁さんの相手ってことだよね?』

『そうそう!だからゆかりちゃんはお嫁さんにならなくてお婿さんがここに来るのかなぁ?』
『そうなの?ゆかり、お嫁さんになれないの?白いお着物、着られないの?』

『よくわかんない・・・えへへ!』
『うふふ、ゆかりもわかんない!同じだね』



小学校に入学する前・・・そんな無邪気な時にお爺様に連れられて「桜のお茶会」と言うものに出向いた。
元々はお爺様しか招待されてなかったみたいだけど、いつも屋敷に閉じ籠もってる私をどうにかして外に連れ出したいと思ったみたい。
でもお抹茶なんて飲んだこともなかったし、知らない人が多いところは嫌い・・・だから行きたくなくて、薫にもブツブツ文句言いながら出掛けた。


でも、そこで私は1人の男の子を見掛けた。

凄く綺麗な顔立ちの品のいい子だった。
私は初めて胸がドキドキして、その子をお爺様の背中に隠れてずっと見ていた。

どうやらあの子はこの家の子供みたい。
お茶を点てる人の近くに座り、ちょっと怒ったような顔して黙って頭を下げてばかり・・・とても楽しそうには見えなかった。
私と同じであの子も自分の家には逆らえないんだ・・・子供ながらにそう思った。


『お爺様、あの子はだあれ?』
『ん?あぁ、あれはこちらの家元のお孫さんだろう。もうすぐ代替わりと言ってな、家元を交代されるそうだから、その次は彼なのかな?確か兄上が居られるから判らないが、次の家元になられる方の2番目の男の子だよ』

『・・・この家の子なのね?』
『ははは、気になるのか?紫』


お爺様の言った家元や代替わりなんて、やっぱりその時には判らない言葉だった。
ただ、この家の次期家元の次男・・・名前は西門総二郎、それだけは聞いてすぐに覚えた。


私はこの日、帰るまで彼だけを見て過ごした。
だからお茶もお菓子も桜も覚えていない・・・私の頭の中には彼だけが残った。

そして自宅に帰ると走って部屋に戻り、薫に抱きついてこの事を話した。


『かおるちゃん、すっごいの!なんかね、ドキドキしたの!』
『え?良いことがあったの?ゆかりちゃん』

『ううん、見ただけなの。お話しもしてないの・・・すごくきれいな男の子だった。でね、ゆかり、こんなのはじめてなの』
『うわぁ!ゆかりちゃん、好きな子出来たの?』

『好きな子?』
『うん!ドキドキしたんでしょ?きっとその男の子のことが好きになったんだよ!』


そう言うのを『初恋』って言うんだそうだ。
私付きの使用人がそう言った。西門家の男の子はとても美しいと評判だと・・・その時に言われた。

『将来はお嫁さんになれるといいですねぇ』


でも私には「お婿さん」が来るのよ・・・「お嫁さん」には行けないの。




************************




確かに川崎純子からの情報で、紫が大寄せに来ていたことは聞いていた。
そうやって爺さんの後ろにしがみついていたなら俺には記憶がなくて当たり前・・・しかも紫がその年なら俺だって小学部1年か2年・・・兎に角自分の家が大っ嫌いだった時だ。

茶会に強制的に出されて祥一郎と一緒に顔見せするだけ。
膨れっ面で愛想もクソもなかったはずだ。


それよりも婿養子を希望していただと?
それなのに西門に嫁に出されたのは何故だ・・・初めから西門に嫁ぐために育てられたと言ってなかったか?


遠い昔を思い出しながら話す紫・・・その目に光るものを見た。




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