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plumeria

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「桜の茶会の思い出です・・・」そう言って微かに笑みを浮かべた紫に、俺は余計に戸惑った。

桜の茶会で紫に会った記憶もない上に、彼女の存在は4年前に知っただけ・・・それなのに思い出とは何だ?
以前に聞いた時も「桜貝の・・・」と言ったのは同じ内容か?
しかもそれを取り戻したいって、こんな危険な事をしてまで取り戻したい思い出って何だ?


「紫、この前から言ってる桜ってなんだ?桜貝のことか?忘れてるとか、思い出とか言われても俺には全然意味が判らない。あの時も話したが、お前が西門の桜の大寄せに来たって言うのは川崎純子って言う宝生の使用人から聞くまで知らなかった。
だから渡した物なんてない。お前が勝手に何かを思い出にしてるんじゃないのか?」

「その日じゃないわ・・・後日、西門のご隠居様が宝生に来て渡してくれたんです。桜貝の髪飾り・・・総二郎様からだと言われ、大事にしてくれって。本当に忘れたんですか?」


忘れたも何も・・・紫は誰に何を吹き込まれて有りもしない「思い出」に縋ってるんだ?
今度は少しだけ穏やかな顔になって、また幼い日の事を話し出した。




*************************


<side紫>

桜のお茶会が終わってからも私はずっと西門家の総二郎様の事を考えてばかりいた。
もう1度会いたいなぁ、お話しがしたいなぁって、それを毎日薫や使用人やお爺様に言いに行った。そうして西門家の事を聞いたりして、私もお茶に興味を持つようになった。

そんな私の為にお爺様が西門から家元を呼んで、宝生で小さなお茶会をする事になった。
桜が散って若葉の頃・・・私は総二郎様も来てくれると信じ込んで、その日を心待ちにしていた。


でも、来たのは家元1人だった。
それを見てがっかりして、私は西門の家元の前で泣いてしまった・・・小学校1年生になったばかりだった。

『そのようにがっかりしなくても良くないか?総二郎君はまだ他人様にお茶を差し出す歳ではないのだよ。今日は紫がお茶を飲んでみたいと言うから家元にお願いしたのだ。泣くなんて失礼だよ』
『・・・だって、紫・・・総二郎様に会えると思って・・・』

『ははは、それは光栄ですな。お嬢さん、お爺様が言われた通り、総二郎があなたにお茶を点てて差し上げるのなら、まだこの先10年は掛かるでしょう。あなたもその頃はきっとお気持ちが変わっておりますよ?』

『そんな事はないです!紫は・・・紫は・・・あの・・・』

『やれやれ、いつもは大人しいのに急にそのようにませた事を・・・ははは、女の子の方がこう言うのは早いのですかな?』
『はは、そうかもしれませんねぇ』


この日は苦いお茶を飲んだけど、美味しいなんて思わなかった。
ひと口飲んで吐きそうになり、正直抹茶が嫌いになった。

それを見て「やはり茶道は難しいかな?」なんてお爺様達が笑って、私はすごく悔しかった。これに慣れなきゃ総二郎様に会えない・・・そう思ったから嫌いだったけど頑張って飲み干した。
覚え立ての「結構なお点前で」も涙を流しながら言葉にして、それには西門の家元も驚いていたのを覚えてる。


そうして少し経った頃、梅雨に入ったばかりで小雨が降っていた時、西門の家元が京都に移られるという事で挨拶に来た。
私も呼ばれたから喜んで出向いたけれどやっぱり家元だけ。再びがっかりした私に家元が小さな箱を渡してくれた。

それを受け取って蓋を開けたら、中に入っていたのは桜貝で作られた綺麗な髪飾り。


『・・・綺麗』
『これは総二郎からお嬢さんにです。この前桜の茶会に来てくれたことを伝えたら、あの子もお嬢さんをお見掛けしたみたいで、これを渡して欲しいと頼まれたのですよ。あの子はとても照れ屋なので自分では渡せないらしくてねぇ』

『えっ!総二郎様から私に?本当ですか?』
『ははは、本当ですよ。いつか自分が茶会の亭主をするようになったら、是非この髪飾りをつけて来て下さいと・・・お約束の印だそうです』

『これをつけてお茶会に・・・総二郎様から・・・』
『お嬢さんの黒髪がとても綺麗だったから覚えていたそうですよ。だからこの髪飾りがよく似合うだろうとねぇ。どうぞ大事にして下さいね』

『・・・はい!ありがとうございます!』


桜貝が何枚も重ねられて、まるで桜の花束みたいに可愛い髪飾り・・・これが約束の印だと言われて私は嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
すぐに薫にも見せて、使用人やお母様にも見せて回り、それから大事な日には必ずつけた。
黒髪が素敵だと思われるのならこの髪も大事にしよう・・・次に会ったときも褒めてもらう為に。


私の宝物・・・総二郎様にお茶会に呼んでいただけたらこれをつけて行くんだって、楽しみにしていた。


翌年の桜のお茶会は新しいお家元が亭主を務められたけど、私は生憎風邪を引いて行けなかった。
だから枕元に髪飾りを置いて、次にいつ会えるんだろうかとソワソワした。


その年の6月・・・・・・あの事件は起きた。


子供だったからそう言う行為なんて知らない。
ただ服を剥ぎ取られて裸同然にされて、このままだと殺されるのかと思って夢中で逃げた。その途中で男が転けて踞ったから急いで部屋に入り、薫と抱き合って震えていた。
それでも追いかけて来た男に首を絞められ・・・薫がその男の頭を茶碗で殴り付け、その人は何処かに消えた。

薫がやったことを隠さなきゃいけない・・・そう思って茶碗を掻き集めて、包んであった紙くずのようなものと一緒に箱に戻し必死に抱え込んだ。
誰にも渡しちゃいけない!これはあの男を殴ったものだからこのまま捨てなきゃ、そう思ったのにお爺様に取り上げられた。


お爺様は言ったのよ・・・『これはこのまま処分する。この箱は絶対に開けないから安心しなさい』


でもその日、大事なお客様が来るって聞いていたからお洒落のつもりで宝物の髪飾りをつけていた。
それに気がついて慌てて髪を触ったら・・・


『ない?桜貝の髪飾りがない・・・!どこかに落とした?』

部屋の中も庭も探したけど何処にもなかった。薫に聞こうと思ったけど意識は戻っていなかった。だから夜遅くまで探して探して・・・私は茶碗の木箱の中だと思った。


『あの時に・・・あの割れた茶碗と桜貝の髪飾りが一緒にあるんだ!』

急いでお爺様に木箱を返してくれと頼んだけど処分したと言われ、何処に捨てたのかと聞けば「もう忘れなさい!」と叱られた。お父様もお母様にも話は聞いてもらえない・・・可哀想にって目で見るだけ。


総二郎様からもらった約束の印・・・こんな事で無くしたんだと思ったら悲しくて悲しくて、私は一晩中布団の中で泣き続けた。何度も心の中で総二郎様に謝った。
頭に浮かぶのは少し機嫌の悪そうなあの表情で「もういいよ」なんて冷たく言われる場面・・・初めて好きになった人なのにって苦しくて苦しくて堪らなかった。


だから私はその日から笑えなくなった。

自分の部屋も変えてもらった。
側付きの使用人も事件を知らない新しい人に変わった。
悲しそうな顔のお母様を見たくなくてご飯も独りで食べるようになった。そして尚更屋敷に籠もって学校にも行かなくなった。

まだ小学校に通ってなかった薫と2人だけの世界・・・それだけが残った。



でも、その木箱が捨てられていなかった。

あの事件から少し経って、岩代のお爺様と西門のお爺様、それに私のお爺様と使用人、この人達が集まってヒソヒソと話をしているのを聞いてしまった。

使用人達は入れ替わりやってきては大きな封筒を渡されて、3人のお爺様に「絶対に口外してはならぬ!」と言われていた。
私は何の事か判らずに廊下に座って聞いていたけど、最後の1人が出ていった後に事件の事を話し出したから、聞きたくないと立ち去ろうとした。


その時に・・・

『西門さん、茶碗は大丈夫ですかな?判らぬように隠されたか?』

茶碗と聞こえて足が止まった。
あの茶碗の事だろうか・・・でも、捨てたんじゃなかったの?聞きたくない内容だったけど、私はもう1度そこに座った。

『はい。蔵の奥に・・・そこだと誰も立ち入りませんのでな』
『そうか・・・で、骨董品屋は?』

『居なくなった息子さんを心配して何度も来られていますが、私が東京で待ち合わせに来なかったと伝えましたら必死に行方を捜してるようです。それが何より心苦しくて・・・』
『何を言う!うちの紫を襲ったのだ!もし生きていたとしても罪人ではないか・・・何処かで生きてるかもと思わせておけばいい!』

『まぁまぁ、宝生さん。紫ちゃんが殴り倒したんだから気にはなるだろうが、そんなに西門の先代に怒鳴らなくてもいいじゃろう?』
『言わないでくれ!紫は被害者だ!そんな・・・まるで犯人みたいに・・・』


私は驚いた・・・殴ったのが私になってる?
薫じゃなくて私に・・・?


そして茶碗は西門のお爺様が蔵に隠した・・・私の宝物の「桜貝の髪飾り」は西門家に戻ったの?




***********************




紫が話したその「思い出」は先代の作り話だ。

俺に好意を持った内気で小さな少女に同情したんだ。
俺の為に茶道を覚えようとした健気な紫に・・・それがずっと先までこいつを縛り付けるとも思わずに、その場だけいい思いをさせてやろうとしたんだ。いや、普通ならそう思うだろう。いくら何でも子供の頃のそんな話を成人してからも信じるとは思えない。


俺はそんなものを誰にも渡した事はない。
まだ7~8歳の男がそんな桜貝のアクセサリーなんて思い付くはずがない・・・そして屋敷の奥で育った紫は人を疑うことを知らなかったって訳だ。


今、目の前で大事そうに抱えている桐箱の中にそれが入っていたとしても俺とは無関係・・・それを告げたら紫は壊れてしまうんじゃないかと思えた。
それでももうここまで来たら誤魔化しや嘘は必要ない。
総てを明らかにして、紫も薫も過去から解き放たれないと自由に生きられない・・・そんな気がした。


「紫、それは先代が勝手に作った話・・・出鱈目だ。俺はお前にそんなものは渡していない」

「・・・え?」

「恐らく先代がお前の機嫌をとろうとしてついた嘘だ。もしかしたら無愛想だった俺の評判をそうやって変えてきたのかもしれない。どっちにしても俺は桜貝の髪飾りなんて知らないし、そいつで何かの約束をした記憶もない。
それについてはお前に西門として謝らなきゃいけないのかもしれないが、その桐箱に入っていたとしても俺には関係が無いものだ」


紫は驚いた顔をしてやっと俺の目を見た。
そして小さく首を振って「そんな馬鹿な・・・」と繰り返した。

見た目には何もかも知り尽くしている大人の女性に見える紫も、実は色んな経験の少ない純粋な部分があったって事か・・・それとも、あの事件がこいつをその時間に縛り付け、成長させなかったのか。
幼い時の悲劇が紫を無表情、無感情な人間にして、その苦しみを隠すためにいくつもの鎧を纏ったのかもしれない。


この後、紫は震えながら桐箱の赤い紐を解いていった。
俺はその動きを黙ってジッと見つめていた。

そして全部解いたら数秒間手を止めて何かを考えていたけれど、封印紙を剥がしゆっくりと蓋を持ち上げた。

そこにあったもの・・・砕けたイミテーションの天目茶碗。
もう血痕なんて黒くなってて茶碗の地の色と区別なんて出来なかったが、箱の内側と梱包材料は確かにそれだと思う汚れがあった。


そしてそこには桜貝の髪飾りなんて無かった・・・紫は呆然とその割れた茶碗を眺めるだけだった。




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