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plumeria

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西門に住むようになってからずっと探していた茶碗・・・でも、その中に自分の取り戻したかった髪飾りがなかったことで紫は腑抜けたようにそこに座っていた。
桐箱の中の悍ましい欠片を見つめて何を思っているのか・・・期待が打ち砕かれたかのような喪失感がこいつを包んでいた。


「そんなに長い間信じていたんだからこう言うのは残酷かもしれないが、その髪飾りは俺の知らないものだ。だからその中になかったからって落ち込む必要はない。あんたにそんな出鱈目を言った先代の気持ちも俺には推測でしか判らない。子供だからすぐに忘れると思ったのかもしれねぇな」

「・・・・・・私が愚かだったのですね。簡単に信じてしまって・・・」

「気持ちは嬉しいがその頃の俺には色事に何の感心もなかったから・・・・・・え?」


ここまで来て俺はハッとした。
もしかしたら俺に対する憎しみにも似た感情の元はそれなのか?
約束の印と言って贈り物までした男が、世間で噂されるほど荒れた生活をしたから・・・?

俺が言葉を止めたら紫も薄く笑った。


「・・・そうですよ、総二郎様。私はあなたが然るべき時まで待っていてくださると信じていたのに、高校生にもなってもないうちからとんでもない噂が飛び交うようになりました。
毎日違う女性を連れて、まだそのような歳でもないの夜の街を彷徨いて豪遊・・・それを毎回耳にしながら、それでも私の事は特別だと信じていましたの」

「だから俺を憎んだのか?」

「・・・愛情が強ければ強いほど、それを裏切られた時の憎しみは倍増するのかもしれません。高校までは遊びなのだと信じていましたから、嫌で嫌で堪らなかったけどいつかは私を迎えてくださると思っていました。
でも大学生になったらあなたの様子が変わった・・・あれだけ派手だったあなたの行動が落ち着いて茶道に向き合うようになっていた。それが将来に向けての準備だと1人で喜んでいましたが、そうではなくて総二郎様には特別に想う人がいるのだと調査させていた者に聞きましたの」


俺がつくしを想うようになった頃、それまでの遊びを総て止め、あいつに茶道を教えて西門に迎える事を考え始めた時だ。
お互いに気持ちは伝えてなかったが、つくしも俺と同じ感情を持ってると感じ始めてから自然と俺は落ち着いていった。紫はその頃の俺の変化を自分に対する裏切りだと感じたって訳か?

だから病院に持って来た黒みがかった赤い薔薇・・・「憎しみ」の花言葉を持つ薔薇を飾ったのか?


「どうして1度も確かめなかったんだ?1番初めの桜の茶会から俺の大学までだと13年ぐらい有るはずだ。その間に1度も気持ちを確かめなかったのは何故だ?!そうすれば勘違いなど起こらなかっただろう!」

「あの事件がなければ私だって会いに行く事を考えましたわ!でも、あの時から私は総二郎様に会うのが怖くなったんです!
西門のお爺様が総てを知ってるんですよ?内緒だと言いながら実は聞いているかもしれない・・・それに桜貝の髪飾りもなくしていたんです。どうしたのかと聞かれたら返事が出来ない、だから会えなかったんです!」

「・・・そんな事で・・・」

「そんな事・・・?あなたにはそんな事でも私には何よりも大事な宝物だったんです。総二郎様が私を迎えてくださる時には印として持って行かなきゃいけないって思ってたんです。でも、あなたはそんな私を裏切った・・・だから憎くて憎くて仕方なかったのよ・・・!」


紫の吐き出す声・・・床に座って汚れた着物の裾を握り締め、俺を憎いと言い切った。
そんな憎い男ならさっさと忘れればいいものを・・・そんな言葉を出せる空気じゃなかった。忘れられなかったから総てを知った上で西門に来たってのか?


紫の頬を涙が伝った。
そいつがいくつも流れて桐箱の上に落ちていった。

長いこと流せなかった涙なんだろうか。顔を歪めて眉を寄せて、唇を噛み締めた紫の表情・・・すげぇ恐ろしかったが「生きている」と感じるものだった。


「・・・さっき宝生の為に嫁には行けないと言ったが、どうして急に西門への嫁入りが決まった?うちの親父も俺には前から決まっていた事だとしか言わなかったが、実の所京都の先代が持ち出した話だと思ったが、そうなのか?」

「それはうちの・・・宝生のお爺様がお亡くなりになる時に、私が頼んだんです。廊下で聞いたことを持ち出して、嫁がせてくださらなければ世間に公表すると脅したんです」

「は?紫が・・・お前が脅したのか?!」

「えぇ・・・だって、お爺様達・・・私のことを”穢れた”って言ったんですもの。それが許せなかった・・・!だから・・・」


紫は宝生の隠居が亡くなる少し前の話を始めた。




**********************


<side紫>

それはあの事件が起きて数年後、私がもうすぐ中学生になる冬だった。

その時、丁度京都から西門の先代が来ていて病床のお爺様を見舞っていた。西門の先代が来ると何故か落ち着かなかった私はその様子をやっぱり廊下から窺っていた。

私たち家族はこの時、もうお爺様が長くはないと聞かされていた。
でもお爺様もそれは判っていたんだと思う・・・この時、何度も先代にあの時の事が世間にバレないようにと頼んでいた。

その時の言葉・・・私はそれが許せなかった。


『紫が穢されたこと、絶対に世間が知る事のないようにして下さいよ・・・先代、頼みましたよ。息子達にも言うてはおるが頼りなくて・・・それに穢れた娘だと思っているのか紫を遠ざけておるようで心配なのです・・・』

『大丈夫です。そのような心配は無用、何処にも知られたりはしませんって。それよりももう1度茶碗を探しに行きましょう?まだまだ見た事のない品も多くありますから。それを心の励みにしてお元気にならなければ』

『いやいや、儂はもう・・・ただ紫の事が心配で・・・』


穢れた娘・・・?
私は確かに襲われたけど行為自体は何もなかった・・・身体に触れられたけれど、それは性的なものではなく暴力と抵抗によるもので断じて穢された訳じゃない!

それに勝手にあの男を殴ったのが私になっている事にも本当は我慢出来なかった・・・でも、それは私を助けてくれた薫の為にも言えない。
それなのに両親まで私を遠ざけている・・・それならば、私がこの家を出よう、そう思った。


お爺様達が話し込んでいる部屋、そこに断りもなく入って行った。
そうしたら驚いた表情の西門の先代とお爺様が私を見ている。その視線を睨み返しながらお爺様の寝床の横に座った。


『お久しぶりです。西門のご隠居様』

『お、おぉ、これは紫ちゃん、大人っぽくなったねぇ。ははは、それに背もそんなに高くなって』
『紫・・・どうしたのだ?急に入ってくるなど・・・』

『お爺様と西門のご隠居様のお二人にお願いがあって参りました』

『儂に・・・はて、どのようなご用件だろうか?』
『お願いだと?なんだ、紫』

『私はこのお屋敷で怖い目に遭っております。ですから大人になったらこの家を出たいと思っています。西門のご隠居様、私を将来は総二郎様の元に・・・西門家に総二郎様のお嫁さんとして行きたいと思いますが如何でしょう?』


突然の事に二人は言葉も出ないほど驚いた。
その時の顔もよく覚えている。大きくなったとは言え、まだ子供の私から西門に嫁ぎたいと言ったのだからその驚きは当然だと思った。
そして想像通り、西門の先代の言葉は「ここでは返事が出来ないよ」・・・だった。


『そうですか・・・それでは私はここで起きた事件の事を発表します。そして私が殴った人がどうなったかも、その人を連れて来たのが誰で、殴ったお茶碗を何処に隠したのかも全部話します。そうしたら警察ってすぐに探してくれるんでしょう?居なくなったあの男の人、岩代のお爺様が車で跳ねたんですよね?」

『紫ちゃん・・・!茶碗の事を知っておるのか?』
『・・・あの男の行方?警察に・・・警察に言うのか?お前がどんな目に遭ったかもバレるのだぞ!』

『私は構いません。宝生には私しかいないけれど出ていきたいんです。総二郎様のお嫁さんになりたいんです!それが出来ないのなら何がバレても構いません・・・穢れた娘だと言われてもいいです!』



狼狽えたお爺様達は私の願いを聞き入れてくれた。
お父様もお母様もあんな事件があった私を誰かが貰ってくれるのならいいと言った。お爺様も相手が西門なら問題は無いと言った。
西門の先代だけが悩んでいた。その時の家元にはこの件は一切話していなかったから・・・それに総二郎様は茶道の腕は良かったけど、その頃から素行に問題があったから。

だから総二郎様にも家元にもすぐには話さず、大学を卒業して落ち着くのを待つことになった。


『西門のご隠居様、このお約束を守って下さらなかったら紫は必ず発表します。必ずその時期が来たら紫を総二郎様のお嫁さんにして下さい。私はその為に一生懸命努力します。それに総二郎様は約束の印を下さいました・・・だからきっと喜んで下さるのでしょう?』

『約束の?・・・あぁ、そうだったな。でも紫ちゃん、こんな話をしたことは総二郎には内緒だ。然るべき時が来たら儂の意見として家元に・・・息子に告げよう。それでいいのだな?宝生どの』

『・・・紫の将来が西門なら儂も安心だ・・・それに悪い縁ではない。西門の、紫の事を頼みます』


自分でも恐ろしいと思った。
僅か12歳でこのようなお爺様達を相手にして将来を約束させるなどと・・・でもあの時の恐怖に比べれば、大抵の事は何でもないと思えた。


だって総二郎様も私に贈り物をしてくれたぐらいだもの・・・きっと仲良く出来る、この時はそう思っていた。




*************************




それで先代は何度も俺と紫の婚儀が終わったのかと聞いたのか。
京都に行った時はお互いに演技したって訳だ・・・俺の気持ちも牧野の気持ちも無視して、自分の罪を隠すためにそんな小細工したのか。


「でも、お前は俺に会いに来た時には自分に気持ちが無いって事を知ってたんだろう。それなのにどうして止めようと思わなかったんだ?まさかそうなってまで約束の印なんてものを信じた訳じゃないよな?」

「先ほども言いましたでしょう?憎しみが溢れてどうしようもなかったんです。だからあなたから大事な人を奪って、愛されていない私があなたの子供を産んで西門を継がせる・・・それが1番あなたを苦しめると思ったの。
それが裏切ったあなたへの復讐・・・その為だけに結婚したんですよ、私・・・」

「それ以上に自分が苦しむとは思わなかったのか?」

「・・・どうでしょうね・・・」


あの時以上に苦しむ事は無い・・・紫の口からは悲しい言葉しか出てこなかった。




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