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plumeria

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退院して2週間が過ぎた。

ほぼ日常生活が出来るようになった俺は仕事復帰を急かされ、久しぶりにスーツに袖を通した。

本当ならここでつくしに見送られるはずだったのに、と玄関で靴を履きながら再び込み上げる虚しさに目線は下がるだけ。
夢に描いていた「行ってらっしゃい」の言葉とキス・・・それがない玄関はただ寒々しかった。

勤務が終わったらまた誰も待ってない部屋に戻るのかと、重たい足を引き摺るようにしてマンションを出た。



結婚する前、俺はまだ管理職ではなく営業本部長の補佐のような仕事をしていた。

後継者ではあるけれど入社して2年半という事もあり、まずは営業全体を見ること・・・時には現場に出向いたり商談に加わったりと忙しかった。それでも花沢の人間としてそう遠くないうちに管理職に就かなくてはいけない。
だから本部長の補佐という、ある種特別な立場にいた。

社のエントランスからロビーに入ると社員達が俺を見て一瞬立ち止まる。それが自分の身に起きたことを思い知らされるようで堪らなく嫌だった。
しかも営業部に入れば俺に何て声を掛けていいのか判らない社員が引き攣ったような笑顔で挨拶する。

もう、それだけでウンザリだった。


俺のデスクの上には何もない。
既に自分の抱えていた仕事は担当者が代わっていたし、居なかった2ヶ月間に流れなんて全部変わっている。

結局それまでと同じスピードで仕事をするには至らず、あまり社員との交流を持たないように部屋を移ることにした。
それは社長室に近い場所にある個室で、暫くはオブザーバーのような立場で会議に参加したり、世界経済の動向をチェックしたりが俺の仕事になった。

事故の事を詮索する社員なんていないが、つくしが居ないことで俺の精神状態は不安定・・・それを出来るだけ表に出さないようにとの母さんの配慮でもある。
事実、「奥様のお加減は」と言われた時、俺は何も答えられずに呆然と立ち尽くした。


「類、あなたの気持ちも判るけど、この花沢物産の後継者であることも忘れないで?つくしさんの事は地道に探すしかないじゃない?」
「・・・判ってるよ」

「私達は今でも捜索してるわ・・・やるだけの事はしてるのよ?」
「・・・ん、知ってるって」

まるで子供に言い聞かせるみたいに顔を覗き込む母さんにもウンザリ・・・。
あまりにも急に大勢の人間と接して少し頭痛がする。だから額に手を当てて母さんの視線を防ぐように横を向いた。

それが気に入らないのか小さく溜息を漏らして俺から離れ、社長室に戻ろうとドアノブに手を掛けて・・・そこで動きを止めて振り向いた。


「でもこんなになるまで連絡がないなんて・・・まさか本人の意思じゃないわよね・・・」
「どう言う意味?」

「・・・ごめんなさい、何でもないわ」


俺の目を見ずにそんな言葉だけ出してドアを開け、社長室へと戻って行った。

おそらくそれが母さんの本心。
つくしがこの事故をきっかけに「この世界」から逃げ出した・・・そう言いたいんだろう。
でも、それならあれだけの結婚式をする訳がない。彼女の性格ならその前にちゃんと話してくれるはず・・・そんな薄っぺらい気持ちで婚約したんじゃない。

つくしは何処かに居て連絡が出来ない状態・・・俺の助けを待ってるんだ。



**



警察からも花沢の捜索隊からもいい知らせは何もなかった。
唯一耳に入ったのは運転手の吉岡が会話出来るまでに回復し、東京に戻って来たと言うこと。だから警察の事故調査に俺も立ち会うことにした。

それなのに・・・


「え?何も思い出せない・・・記憶喪失ってこと?」
「いえ、そうではありません。事故についての記憶だけが抜け落ちています。記憶の部分喪失と言いますか、あの休暇中の記憶もないそうです」

「休暇中?」
「はい。事故前日までの3日間ですね。その休暇を取ったこともあまり覚えてないそうです」


そんな事があるだろうか・・・。

何故そんな場所を走ったのか、何処に行こうとしたのか、俺とのやり取りも一切覚えていない・・・一時的な記憶障害なのか、時間が経てば思い出せるのか、それはさっぱり判らなかった。

警察がどれだけ問い詰めても「思い出せない」と繰り返すだけで、勿論俺より重症だったのだからつくしの行動なんて知る訳もない。
俺は吉岡が病院で警察から問い詰められている場面を遠目で見ていたが、寝たままの体勢で必死に「知らない」と答える彼の表情と、あの時の無感情で虚ろな目をした人物が同じだとはとても思えなかった。
そして俺に気付き、まだ不自由な身体を起こそうとして看護師に止められていた。


「類様・・・申し訳ありません!私が事故を起こしたと・・・こんな姿で言うのも変ですが、本当に覚えてないんです。申し訳ありません!」

「・・・空港に来たことも覚えてないの?」

「いえ、空港に行ったのは・・・それは覚えています。でもその辺りから記憶が・・・」


彼のこの喋り方はそれ以前と同じ。
今、吉岡は本来の自分だと言う事だ。

そして随分前に花沢系列の企業を退職しているけど、うちに恨みがある訳でもなく、それまでの勤務態度を考慮してもこの事故を仕組んだとは言い難い。
事故を起こした事も誘拐紛いの事をしたのも事実だから何らかの処罰はされるだろうけど、精神科の専門医も加わって判断能力があったかどうかの検査が行われる事になった。



**



そしてまた半月後、以前のように左腕も動かせるようになった頃、一時帰国したあきらが総二郎と一緒にマンションにやってきた。
手に持ってたのは酒・・・それを見て力なく笑う俺を、2人は溜め息交じりで見ていた。


「どうだ?身体は・・・もう痛まないのか?」
「・・・ん、殆どね。総二郎、色々ありがとう。あきらもわざわざごめん・・・」

「そんなのいいって。お前・・・随分痩せたな」
「あは・・・確かに。何も食えないからだろうけど」


本当なら此奴らを出迎えるのはエプロンを付けた牧野で『いらっしゃーい!』って元気な声をあげたんだろうけど、冷えきったマンションに俺1人・・・「入れよ」って言ってもリビングにしか照明は点いていない。
そこに繋がってるキッチンは今でもそのまま・・・1度も使われた事はなく、俺が飲む酒のグラスがあるだけ。

今日も同じくグラスだけ、と思ったらあきらが傍に来て「俺がやるから座っとけ!」・・・その言葉に甘えてリビングに戻った。


「何か食うもの持って来りゃ良かったかな・・・ってか、頼むか!」
「・・・お前等が食うなら頼めば?俺は・・・」

「馬鹿野郎!お前に食わせんだよ!・・・倒れたらいざって時に会えねぇぞ」
「・・・・・・ん、判ってるんだけどね」

「適当でいいんだろ?1人だから食えねぇんだよ、俺達が居るから少しでも食え。頼んでやるから」


今度はあきらがそう言ってスマホでデリバリーを頼んでいた。
1人だから食えない・・・その通りで、つくしが何処で誰とどんなものを食べてるのかを考えたら、自分がこの部屋で何かを口にすることすら罪に感じていた。

それに・・・社で食べても味がない。逆に何度も吐いてしまったほどだ。


暫くして運ばれて来たのはそれほど量が多くはないオードブルで、それを3人で囲んで酒を飲んだ。



「全然情報なしか?」・・・総二郎がポツリと言った。


「・・・あぁ、何も判ってない。何1つ・・・今何処でどうしてるのか全然・・・」

「事故現場を映像で見たけど、何処かで道を間違うって事はなさそうだけどなぁ。歩いていたらの話だが」
「もう調べてるんだろうけど夜中に1台も車が走ってないのか?防犯カメラ・・・はねぇよな」

「・・・あの道は昔使ってただけらしい。今は舗装された道が出来てるから誰も通らないんだって。近道でもないし、その先に特別な施設があるわけじゃないし」

「よくそんな道を知ってたよな、あの運転手」
「新潟の人間か?」

「いや、警察からの情報だけど元々関西の人間で、大学から東京らしい。新潟に親戚も友人もいないって聞いた・・・遊びに行った事が数回あるだけだってさ。でもあの日の事を覚えてないんだから何故あの道を走ったのか判らないんだ」

「・・・って事は本当に迷い込んで?」
「わざわざ山道にか?」


もう何度同じ会話をしただろう。
警察と、両親と、捜索の人間と・・・「見付かりました」って言う言葉だけが欲しいのに、それだけ誰も言ってくれない。


灼け付くような酒を一気に喉に流し込んだけど、全然酔えなかった。
あきらにグラスを差し出すと「大丈夫か?!」なんて言うけど注いでくれて、総二郎は「いいじゃん!今日ぐらいは」って戯けて言う。つくしが居たら間違いなく怒られるだろうな・・・その顔を想像しながら注いでもらった酒を口に運んだ。


「そういえば、あきらは何の帰国?こっちで仕事?」
「ん?あぁ、ちょっとしたパーティーに呼ばれたんだ」

「わざわざその為に帰国したの?そんなのあったっけ・・・何処の企業?」

「日本人がアメリカを拠点に事業展開してる成瀬コーポレーションだ。花沢だって招待されてると思うぞ?この企業の日本支社が新社屋を建てたからって、その完成披露パーティーだ。
本当は親父宛の招待状だったけど、今ブラジルでトラブってるから代わりに行けってさ。成瀬コーポレーションは道明寺と同じぐらいの規模に成長したグローバル企業だろ?そこの社長が来るらしいから」

「・・・その企業名は知ってるけど、うちは殆ど取引がないと思うけど・・・」

「そうなのか?でも、もしも類が行くんならその時にまた会おうぜ。確か来週末だったはずだ」


あきらには「行けばね」、なんて答えたけど、今の俺にそんな場所は無理だ。
自分の仕事すら満足に出来ないのに、そんな華やかな場所で笑顔になんてなれない。


2人が帰った後、再びシーンとした部屋の中で、またグラスを傾けながらつくしの笑顔を思い出していた。






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