Substitute・14
古いアパートの階段を上がってくる足音・・・そのリズムで誰なのかはすぐに判った。
篤が来た・・・自分の恋人なのに顔が曇ることに罪悪感を覚えながらガスの火を止めた。
何でも言い合えて、どんな姿を見られても大丈夫だと言う安心感がつくしにはなかった。だからカップ麺などと言う夕食を見られる事に抵抗を感じてサッとそれを隠した。
それは自分がインスタント食品などに頼らずに、何でも作れる家庭的な女だと思われたいと言うものでも無い。
その行為が篤の「気に入らない事」だからだ。
「仕方ない・・・今日は我慢だわ。あっ、ピアスも隠さなきゃ!」
さっき作ったばかりのピアスを慌ててタンスの引き出しにしまい込んで、レジンの道具類が出ていないかを確認。それも大丈夫だと胸を撫で下ろした時にチャイムが鳴った。
「はーい!」と元気よく答えて玄関に行ったものの、ここですぐに開けることは厳禁。
チェーンを掛けた玄関を開けて、相手を確認しないと篤に怒られる・・・それまでにそんな癖をつけていなかったつくしはチェーンなんて掛け忘れてばかりで、今日も篤にバレないようにスッとそれを引っ掛けた。
そしてガチャッとドアを開け、篤を見たらニコッと笑う。
1度ドアを閉めてチェーンを外し・・・・・ここで1度顔を素に戻す。
そして唾を飲み込んだ後で笑顔を作り、再び勢いよくドアを開けた。
「いらっしゃい。お仕事早かったんだ?」
「あぁ、最近は忙しくないから。新学期のドタバタも落ち着いてね」
「そうなんだ。お疲れ様・・・あっ、ご飯は?実は今日ね、あんまりお腹の調子が良くなくて買い物してないの。どうしよう・・・」
「食ってきたから大丈夫。それより体調悪いの?もしかして・・・?」
「え?あぁ、そうじゃないけど」
しまった・・・生理だってことにすれば良かった?
もしかしたら「それ」を考えてきたのかしら・・・つくしは内心失敗したと思ったが、女性のサイクルで嘘をつくとバレやすい・・・友達がそんなことを言ってたのを思いだして、仕方ないかとため息を漏らした。
でも調子が悪いと言ったんだ・・・今日は何もしないだろうと、狭い部屋の真ん中に座る篤の背中を見つめていた。
「・・・何か匂うな」
篤の言葉にハッとしてつくしは急いで窓を開けた。
レジン液は合成樹脂特有の臭いがする。原因はレジンの中に配合されている「可塑剤」と呼ばれる物で、これがレジン液の硬化後もじわじわと揮発し、臭いとして出てしまうのだ。
それは完成したあとも暫くは残り、徐々に気にならない程度に落ち着く。
匂いに無頓着な人間であればそこまで気にならない程度なのだが、篤はそう言う部分にも敏感だった。
それ故につくしも少し値段は高くなっても匂いの少ないレジン液に切り替えて、篤の前ではそんなアクセサリーを付けないように心掛けていた。
それなのに、まさか今日来るなんて・・・。
少し換気をした後で窓を閉め「珈琲を淹れるね」と台所に向かった。
珈琲は篤の好きなグアテマラ・・・ここでも専門店で中粗挽きにしてもらったものを使って淹れる。
そしてマグカップではなく珈琲カップ。何故か食器は白くないといけないらしく、この部屋には不似合いな珈琲カップが流し横の調理台の上に置かれた。
珈琲メーカーなんて篤と付き合うようになってから購入したもので、それまではインスタント珈琲だったつくし・・・淹れるまでの時間を部屋で篤と過ごせばいいものを、ポタポタと落ちてくる濃褐色の雫をじっと見つめていた。
この時決まって考えてしまう。
どうしてこんな気分で珈琲を淹れてるんだろう、と。
恋とは・・・こんなものだっただろうか、と。
ただこの香りは好きだった。
「彼」もまた珈琲好き・・・一緒に食事した事なんてあまりなかったけど、決まって最後には美味しそうに珈琲を飲んでいるから。
「お待たせ!はい、どうぞ」
「あぁ、サンキュ!」
つくしは小さなテーブルに淹れ立ての珈琲を置き、自分は少し離れて座った。
とは言っても狭すぎるアパートでは近い距離と言った方が正解・・・それでも真横に座ることはしなかった。
篤は出された珈琲を口元に近づける・・・その瞬間、つくしにとって試験を受けているような気分になる。その後、飲んでくれるのかテーブルに戻されるのかで合否が決まる、そんな感じだった。
今日はすぐに飲んでもらえた。
そこで初めて安堵のため息が漏れる。
「進路・・・行きたい企業は決まった?」
「・・・え?あぁ、ボチボチ考えてるよ」
「のんびりしていたら後れを取るぞ?それじゃなくてもつくしはトロいんだから」
「あはは、酷いなぁ!慎重派だって言ってよ。納得した所に行きたいのよ・・・」
「気持ちは判るけど仕事内容に納得して働いてる人なんて殆どいないのが現状だよ。納得してても金にならなかったら意味が無い。少なくともこの生活からは脱しないとね」
「・・・・・・そう、だね」
「夢は夢、現実とは切り離さないと。子供じゃないんだから」
少なめの会話で時間だけが過ぎていく。
自分の部屋なのに「その瞬間」に怯えるように身体が緊張する・・・そして、体調が優れないと言ったのにも関わらず、篤はつくしの腕を引き寄せた。
そしてすぐ横のシングルベッドに華奢な身体は運ばれていく。
「あっ、あっちゃん!私、今日は・・・」
「ん?優しくしてやる・・・つくしは俺のものだから・・・判ってるよな?」
「・・・・・・あっちゃん」
桜の花びらのピアスが眠るタンスの引き出し・・・つくしはそこを見つめて溢れそうになる涙を堪えた。

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篤が来た・・・自分の恋人なのに顔が曇ることに罪悪感を覚えながらガスの火を止めた。
何でも言い合えて、どんな姿を見られても大丈夫だと言う安心感がつくしにはなかった。だからカップ麺などと言う夕食を見られる事に抵抗を感じてサッとそれを隠した。
それは自分がインスタント食品などに頼らずに、何でも作れる家庭的な女だと思われたいと言うものでも無い。
その行為が篤の「気に入らない事」だからだ。
「仕方ない・・・今日は我慢だわ。あっ、ピアスも隠さなきゃ!」
さっき作ったばかりのピアスを慌ててタンスの引き出しにしまい込んで、レジンの道具類が出ていないかを確認。それも大丈夫だと胸を撫で下ろした時にチャイムが鳴った。
「はーい!」と元気よく答えて玄関に行ったものの、ここですぐに開けることは厳禁。
チェーンを掛けた玄関を開けて、相手を確認しないと篤に怒られる・・・それまでにそんな癖をつけていなかったつくしはチェーンなんて掛け忘れてばかりで、今日も篤にバレないようにスッとそれを引っ掛けた。
そしてガチャッとドアを開け、篤を見たらニコッと笑う。
1度ドアを閉めてチェーンを外し・・・・・ここで1度顔を素に戻す。
そして唾を飲み込んだ後で笑顔を作り、再び勢いよくドアを開けた。
「いらっしゃい。お仕事早かったんだ?」
「あぁ、最近は忙しくないから。新学期のドタバタも落ち着いてね」
「そうなんだ。お疲れ様・・・あっ、ご飯は?実は今日ね、あんまりお腹の調子が良くなくて買い物してないの。どうしよう・・・」
「食ってきたから大丈夫。それより体調悪いの?もしかして・・・?」
「え?あぁ、そうじゃないけど」
しまった・・・生理だってことにすれば良かった?
もしかしたら「それ」を考えてきたのかしら・・・つくしは内心失敗したと思ったが、女性のサイクルで嘘をつくとバレやすい・・・友達がそんなことを言ってたのを思いだして、仕方ないかとため息を漏らした。
でも調子が悪いと言ったんだ・・・今日は何もしないだろうと、狭い部屋の真ん中に座る篤の背中を見つめていた。
「・・・何か匂うな」
篤の言葉にハッとしてつくしは急いで窓を開けた。
レジン液は合成樹脂特有の臭いがする。原因はレジンの中に配合されている「可塑剤」と呼ばれる物で、これがレジン液の硬化後もじわじわと揮発し、臭いとして出てしまうのだ。
それは完成したあとも暫くは残り、徐々に気にならない程度に落ち着く。
匂いに無頓着な人間であればそこまで気にならない程度なのだが、篤はそう言う部分にも敏感だった。
それ故につくしも少し値段は高くなっても匂いの少ないレジン液に切り替えて、篤の前ではそんなアクセサリーを付けないように心掛けていた。
それなのに、まさか今日来るなんて・・・。
少し換気をした後で窓を閉め「珈琲を淹れるね」と台所に向かった。
珈琲は篤の好きなグアテマラ・・・ここでも専門店で中粗挽きにしてもらったものを使って淹れる。
そしてマグカップではなく珈琲カップ。何故か食器は白くないといけないらしく、この部屋には不似合いな珈琲カップが流し横の調理台の上に置かれた。
珈琲メーカーなんて篤と付き合うようになってから購入したもので、それまではインスタント珈琲だったつくし・・・淹れるまでの時間を部屋で篤と過ごせばいいものを、ポタポタと落ちてくる濃褐色の雫をじっと見つめていた。
この時決まって考えてしまう。
どうしてこんな気分で珈琲を淹れてるんだろう、と。
恋とは・・・こんなものだっただろうか、と。
ただこの香りは好きだった。
「彼」もまた珈琲好き・・・一緒に食事した事なんてあまりなかったけど、決まって最後には美味しそうに珈琲を飲んでいるから。
「お待たせ!はい、どうぞ」
「あぁ、サンキュ!」
つくしは小さなテーブルに淹れ立ての珈琲を置き、自分は少し離れて座った。
とは言っても狭すぎるアパートでは近い距離と言った方が正解・・・それでも真横に座ることはしなかった。
篤は出された珈琲を口元に近づける・・・その瞬間、つくしにとって試験を受けているような気分になる。その後、飲んでくれるのかテーブルに戻されるのかで合否が決まる、そんな感じだった。
今日はすぐに飲んでもらえた。
そこで初めて安堵のため息が漏れる。
「進路・・・行きたい企業は決まった?」
「・・・え?あぁ、ボチボチ考えてるよ」
「のんびりしていたら後れを取るぞ?それじゃなくてもつくしはトロいんだから」
「あはは、酷いなぁ!慎重派だって言ってよ。納得した所に行きたいのよ・・・」
「気持ちは判るけど仕事内容に納得して働いてる人なんて殆どいないのが現状だよ。納得してても金にならなかったら意味が無い。少なくともこの生活からは脱しないとね」
「・・・・・・そう、だね」
「夢は夢、現実とは切り離さないと。子供じゃないんだから」
少なめの会話で時間だけが過ぎていく。
自分の部屋なのに「その瞬間」に怯えるように身体が緊張する・・・そして、体調が優れないと言ったのにも関わらず、篤はつくしの腕を引き寄せた。
そしてすぐ横のシングルベッドに華奢な身体は運ばれていく。
「あっ、あっちゃん!私、今日は・・・」
「ん?優しくしてやる・・・つくしは俺のものだから・・・判ってるよな?」
「・・・・・・あっちゃん」
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