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愛と欲望の果て~能登でちゃぷん~ 番外編



※こちらのお話は、第十一話の幕間的なお話となります
 ゆるーく、お付き合い下さいませ…<(_ _)>




時は令和。
二百年ぶりに光格天皇以来の上皇さまが誕生するわ、闘球ラグビー世界大会ワールドカップなるものが、花のお江戸東京で開催されるわの大騒ぎ。

そんな中でもこの男。昨晩、最愛の嫁を散々抱きつぶし、朝も早よからちゃっぷん、ちゃっぷんと、イイご身分でご満悦。

「あ~最高だな…。これでつくしが一緒に入れば、文句なしなんだがな…」

本来、総二郎よりつくしの方が早起きで、温泉が大好き。
それをこの時間まで起きて来ない、最大の理由を作った張本人がよく言う、と他人が聞いたら思うことだろう。
そんなことは微塵も考えぬこの男。
呑気に肩まで湯につかっていると、何処からか歌が聴こえてきた。

♪ババンババンバンバン
♪ババンババンバンバン

「……なんだ……?」

最初はつくしかとも思ったが、つくしにしては野太い声。
だとしたら、まさか親友たちが押しかけて来たのかと、立ち上がろうとしたその時……

くらり…。
強烈な眩暈に見舞われ、総二郎はその場に座り込んだ。

 

-----



「……総さん……。総さん……。起きておくれなんし……」

 -……誰だ……? つくしじゃねぇよな……?

まろやかな女の声と心地好い揺さぶりに、総二郎はゆるゆると眼を開ける。
と、同時に飛び込んできたのは、とびきりの美女。
慌てて総二郎が飛び起きる。

露天風呂に入っていた筈なのに、横になっているのは畳の上。
布団の上に枕はふたつ。
それはいいのたが、隣に居るのはつくしではない女。
襟足にまで白粉を叩き、切れ長のアイラインが引かれた目元は涼やかだ。
少し後れ毛がある髪は、現代ではまず見られなくなった特有の結髪。
ひと昔前の総二郎ならば、間違いなく声を掛けていたであろう、極上のイイ女。

 -何処だ? ここ…?

首を傾げる総二郎を前に、女は手をつき頭を下げる。

「総さん、ほんに宜しいんでありんすか?
わっちのことは、心配いりんせん。幾らでも居ておくれなんし」

流れるような廓言葉。
即座にここが廓で、目の前の女が“太夫”と呼ばれる人物だと気付く。
どうやら総二郎は昨晩ふらりと現れて目の前の花魁、杜花に『一晩泊めてくれ』と言ったうえに、決まった時間に起こせと言った。
…らしい。
何せ総二郎には昨晩の記憶どころか、ここが何処だかも判っていないのだから。

 -……なんだここ……。まさか玉ノ井(現在の東向島、赤線地域)じゃねぇよな…?
  吉原…? にしては、妙に時代劇掛かってるよな。

何故ここに居るのかは謎だが、日が昇った後も廓に居付くなど、野暮の極み。
とりあえず出るかと立ち上がったところで、自らの格好に驚愕した。

女物の着物をだらりと着流し、髪はざんばら、おまけに手に届く場所に置いてあるのは杖がひとつ。

 -…なにやってるんだ……。俺…?

それでも、窓から総二郎を見送る杜花に、笑顔で手を振ることだけは忘れない。


吉原の大門を潜り、町中へと足を進める。
目の前に広がるのは、太秦か日光江戸村か、というような風景。
どうやら冗談などではなく、本当にここは“江戸時代”のようだ。

「…どうしたもんかな…?」

内心焦りつつ、だが表向きは平静を装い、町中をぷらぷら歩く。
道行く人々の間で自分は有名人のようで、『おう、総さん、今日も朝帰りかい?』『相変わらずだねぇ。嫁さんに逃げられるよ』等々、声を掛けられた。
表向き人当たりのいい総二郎は、適当にそれらを受け流しつつも、『ここでの俺の嫁って、誰だ?』と首を捻る。


そうこうしているうちに、喉も乾き小腹も空いてきた。
見回せば、周囲には幾つかの茶屋。懐に手をやれば、ちゃりんと音のする袋がある様子。

「ま…茶くらいは飲めるだろ…」

目についた感じのいい茶屋の軒先に座ると、元気のいい声が響く。

「いらっしゃいませっ! あっ、総ちゃんっ!」
「??」

くるりと振り向けば、まだ“つ離れ”もしない年頃の娘が、嬉しそうに駆け寄ってくる。

「総ちゃん、久しぶり! 最近来てくれなかったでしょ。プル、淋しかったぁ」
「お…わ…悪ぃ…」

何だかよく判らないが、なんとも愛らしい娘に『会えなくて淋しかった』と言われれば、悪い気はしない。
自らを『プル』と呼ぶ娘の瞳は、鳶色。異国の血が強く出ているようだ。

手早く注文を取ってた娘、プルメリアは、不意に『そうだ』と部屋の奥に引っ込む。
次に現れた時には、同じ背の高さの娘と一緒に現れた。

「総ちゃん。プルのお友達、アリアちゃん。
この間から一緒に、ここでアルバイトしているの」
「アルバイト…?」

『一体、今はいつの時代なんだ??』と、一層首を傾げる総二郎。
そんな男を他所に、アリアと呼ばれた少女は少しはにかみながら『Buongiorno』と告げた。
鳶色の瞳のプルメリアに対し、淡いブルーグレーの瞳のアリア。
二人とも、あと十年もすれば、総二郎好みの美女になることだろう。

 -花の妖精プルメリアに詠唱歌アリアとは…
  なかなか風流な名前だな…。

にこりと微笑み『おはようBuongiorno。可愛いお嬢さん達Bambine carine』と応じれば、二人は真っ赤になり『かぁっこいい♡』『でしょー♡♡』と言い出す始末。
茶屋の店主には『総さん、そんな小さい子供まで口説かんで下さいよ』とぼやかれた。

「あっ、総ちゃん。何になさいますか?」
「んー…そうだな…」

ふと見れば、のぼり旗には『安道名津』の文字。
思わず『あれ…』と指差すと『少々お待ち下さい~』と奥へと引っ込んでいった。
数分後、二人が持ってきたのは、緑茶と餡子が塗りたくられたドーナツ。
基本、甘いものは茶席でしか口にしない総二郎が、一瞬固まる。
が、にこにこと食べるのを待っている四つの眼で見つめられては、食べぬ訳にもいかない。

ぱくり。
一口食べれば、思ったほど甘くない。一緒に出された茶も、香りがあって総二郎好みだ。
『旨い』と洩らした途端、二人の顔に弾けるような笑顔がこぼれ落ちた。 



「ご馳走さん」

周囲を見ながら、少し多めに金子を置くと、茶屋を後にする。
『また来てね~』と無邪気に手を振る二人に応じつつも、さて、どうしたものかと内心、思案する。

特にこれといった当てもなく、物見遊山気分でふうらり、ふらり。
呑気に歩いていると、前から歩いてきた女が物の怪にでも出会ったかのような顔をした。

「そっ…総さんっ…!」

今度は何だと顔を上げれば、島田髷の若い女。
凛とした立ち姿、潰し島田ではなく高島田の髷、質のいい着物などから、武家の娘と見て取れた。
使いの帰りなのだろう。風呂敷を手にしている。

「えっと…誰…だっ…」「こっちに…」

女は総二郎を横道に引っ張る。細い割に存外強い力に抵抗するのも憚られ、またもされるがまま。
人通りの薄い裏通りに入り、人目が無いことを確認すると、女
-かすみは口を開いた。

「総さん、どうしたんです?
暫くは杜花さんのところで厄介になるって、言っていたのに…」
「杜花…?」

思い浮かぶのは、朝一番に見た美女の顔。
だが、花魁と武家の娘、何故接点があるのか…?
と、またまた首を傾げる総二郎に、かすみは女医で、柳緑楼は往診に行っていることを告げた。

「杜花さんに聞いたら、総さんは出ていったって聞いて…。
本当に大丈夫なの?」
「大丈夫…って…」

そうは言われても、総二郎には心当たりなどあろう筈もない。そもそも、この“総二郎”は、皆が知るであろう“総二郎”ではないのだから。
どう答えるべきか、考えて倦ねていると、背後から『おや、日中から逢引かい』と、茶化す声が聞こえてきた。

振り返った先に居たのは、これまた美女。
ただ清楚なかすみとは異なり、匂い立つような色香を振りまいている。
こちらはどう見ても“玄人”だろう。

「いいのかい? 昔のオンナと逢引だなんて知れたら、奥方に叱られるよ」
「明日さん、そんなんじゃありませんからっ」

楽しげな明日花に対し、かすみはそれ処じゃないとばかりに一刀両断。
だが明日花は、心配ご無用とばかりに悠然と微笑む。

「心配おしでないよ。かすみちゃん。
総さんは殺しても死にそうにないからねぇ…」
「……この前、刺されましたよ。“女性絡み”で」
「違いない」

かすみは苦笑を浮かべ、明日花はははっと笑い飛ばすが、総二郎は内心『俺、本当に何やってるんだ?』と、複雑な心境だ。
そんな中、すうっと眼を細め、真顔になった明日花が告げる。

「で…総さん。類さんからの伝言。
今日、暮れ六つ(午後六時頃)に箱崎に来いってさ」
「……類……?」

ここに来て初めて聞く知った名に、総二郎は眉をひそめた。




暮れまでまだ相当時間があるということと、立ち話も何だから、ということで、一行は木挽町にある明日花の店へと向かう。
当然ながら陽の高い今はまだお座敷などはなく、若い芸妓たちが夜のために踊りや三味線の練習をしていた。

ちんとんしゃん。
何とも風流な音が聞こえる中、総二郎は自らのことと、ここでの“総二郎”の経緯を尋ねる。
最初は驚いてはいた二人だが、かすみの師匠で仁友堂の主、南方仁みなかたじんも似たようなものらしく、意外とすんなりその事実を受け入れた。
そして“総二郎”については……。

「じゃあ、何だ? “俺”は攘夷派の奴等に因縁つけられてるってのか?」
「総さんはこの前、異人さんを庇ったから…」
「ひとりなら問題ないんだけれど、お前さんには店も奥方もあるだろ?
あきらさん達が捕まえるまで、総さんは身を隠す…って話だったんだけど…」

何しろ今日の総二郎ときたら、町中をふらふら、ふらふら。
ならばいっそ、総二郎を囮にして連中をおびき出そう、ということで落ち着いたという。

「……それ、どうせ類の発案だろ?」

事の次第を聞き、ため息交じりに総二郎が呟くと、『よーくお判りで』と言いたげに明日花が口角を上げる。

「ちょ…ちょっと待って。だったら、プルちゃんやアリアちゃんは…」
「大丈夫。そっちの方は抜かりないよ」

ちゃんと護衛がいると聞き、かすみもほっと息をつく。

「…って訳だから、時間までここでのんびりしておいでよ」
「……のんびり…ねぇ……」

その後のことを考えれば、とてものんびりなどしていられないのだが、今の総二郎にはどうしようもない。
かすみは往診のため去り、明日花も稽古のため部屋を出る。
一人残された総二郎は、その場にごろりと横になる。

ちんとんしゃん。ちんとんしゃん。
何ともいい感じの音色に、いつの間にか眼を閉じていた。




暮れ六つ時。
冬のこの季節は日が暮れるのも早い。
昼は賑やかな箱崎町も、この時間になればあるのは倉庫ばかり。令和の世と違い、江戸の夜は暗く静かだ。
予定より気持ち早めに着いた先には、既に類が来ているようだった。

「生きてたんだ」

開口一番、出た言葉がそれ。時代は変わっても、類の態度は変わらないらしい。
やれやれと肩をすくめる総二郎に、追い打ちを掛けるように告げた。

「あきら達、遅れるって」
「はあっ!?」
「…声が大きいよ…」

『誰のせいだよっ!』と叫びたいのを、辛うじて堪える。
相手の手勢がどれだけかは知らぬが、見たところ類は丸腰。総二郎の手には杖が一本。
喧嘩ならば負ける気など更々ないが、刀を持つ侍相手には分が悪い。
だが類は平然と『余裕でしょ』と宣う。
もうどうなっても知らん、と思った矢先。招かざる“客”が姿を現した。

「……ひぃふぅみぃ……。なんだ、たった三十人か……」

『じゃ、総二郎は半分』と、相変わらず緊張感の欠片もなく告げ、懐から扇を取り出す。
総二郎もほぼ丸腰の類よりはマシかと、手にした杖を握り直した。

声もなく、だが、二人示し合わせたかのように、一斉に動き出す。

類は扇をぱさりと開き、まるで舞っているかのように、手にしたそれで暴漢を打ち据える。
パシン、パシンという音と共に倒れる男達。
さながらそれは、白拍子の舞に魅せられた、哀れな男達の行く末のようだ。

 -…あれは…鉄扇…?

軽々と操ってはいるが、普通の扇であんなに派手な音はしない。
倒れる男達が完全に気を失っていることから、類が“丸腰”ではないことに気付いた。

「…ったく…タチが悪い…。“今”も“昔”もあいつはっ…!」

独り言ちりながら、杖で剣を振り払う。
不思議な程に、真剣に対する恐怖は薄く、相手の動きもよく見える。
心は兎も角、“身体”は紛れもなく、この時代の“総二郎”のようだった。

とはいえ、相手の方が人数は上。杖で軽くうち据えた程度では直ぐに起き上がってくる。
厄介な相手だと思い始めた頃、ふと手にした杖が妙なことに気付いた。
これだけ刀を受けているというのに、折れる様子がない。細身の割にずしりと手元にくる重み。もしやと持ち手の辺りを回してみれば、かちりと何かが“開く”音がした。

「そういうことか…」

丁度そのとき、男の一人が総二郎に斬りかかる。
杖を手に構える。居合特有の構え。

きらりと一瞬、光が空を切る。
と、同時に男の手から落ちる刀。腱を切られた男が蹲る。


こうして光が空を切ること数分後。
静かな町並みには、倒れ蠢く男が累々。
それに、悠然と立つ色男が二人。

「片付いたな」
「だから楽勝だって言ったじゃん」

でも疲れた、とばかりに、類が鉄の扇をぱちんと閉じる。

「しっかし…どうすんだ。これ」

手近に転がっていた一人を、足でつんつんしながら総二郎が尋ねる。
命を落とすような切り方はしていない筈だが、今後彼らがまともに腕が使えるかは、正直謎なところ。
尤も、再度襲って来ることがないようそうしたのだが、果たしてそれが、いいのか悪いのか。
“今の”総二郎には判断がつきかねる。

「……知らない。あきらが上手くやるんじゃないの」
「そうだな」

“あきら”の単語に納得し、帰路につく。
そんな総二郎の耳には、あきらの『暴れるだけ暴れやがって。後始末は俺かよっ!』というぼやきが聞こえた気がした。





「ただいま」

類が当然のようにそう告げたのは、表に大きく“牧野屋”と書かれた店の中。
まさか……と奥に眼をやれば、沢山の家人に混じり出てきたのは、つくしの姿。

「旦那様、類、お帰りなさい」

 -今、何て言った?
  ダンナサマ……
  だんなさま……
  旦那様…!?
  類のことは………名前で呼んでたよな…?
  ……ってことは……?

内心、『よっしゃー!』とガッツポーズしつつ、表向きは平静に。『今帰った』等と宣う。

「二人とも、お風呂の用意が出来てますよ」
「うん、ありがとう。牧野」

言って類は、離れの方に足を向ける。
総二郎はつくしに続き、母屋の浴室へ。
小さな小屋になったそこには、もくもくと湯気が立ち上るのか見えた。

朝からあちこち歩き、最後には大立ち回りまてして、流石にくたびれている。
汗もかいたことから、ひとっ風呂浴びれるのは、正直嬉しい。
湯船に肩まで浸かると、ちゃっぷんと湯も揺れる。

「あ〜最高だな。……ってつくしは…?」

きょろきょろと周囲を見回せば、脱衣所のところにそれらしき影が見える。

「着替え、置いておきますね。
……あの……。総……」
「うん? なんだ?」
「お背中、お流ししますね」

 -なんだって!!!
  つくしの方からお誘い!?
  おいおい、こっちのつくしは、随分積極的だな!

驚きながらも顔がにやけているのが、自分でも判る。
突然のことに散々な一日ではあったが、終わり良ければすべて良し。
何ならここでこのまま……。

もんもんもん……。
何ともヨコシマな考えが浮かび上がったその時………。


♪ババンババンバンバン
♪ババンババンバンバン


何処からともなく聴こえて歌と共に、襲ってくる強烈な眩暈。
『失礼します』というつくしの声と、たくし上げた白い足首が遠ざかっていく。

 -ちょっと待て!
  これからがイイトコロだろうが!!

♪じっかんだよっ 
♪しっかたがぁないっ 

 -仕方がない!あははん♡
  なんかで済ませられっか~!!!


そんな願いも空しく、総二郎の記憶の糸は、そこで途切れた。



-----



ぱちり。
目を開けた途端、飛び込んでくる見慣れぬ天井。
一瞬、自分が何処にいるのかが判らず、目線だけで周囲を見回す。

そこは江戸時代などではなく誕生日祝いにと泊まった旅館で、隣にあるのは温かな温もり。つくしはしっかりと目を閉じ、安眠を貪っている。
何とか起こして、“お江戸”の続きを…と思ったのだが、『むにゃ…総のばかぁ…』と可愛らしい悪態に、手を止めた。

「…しっかし…一体何だったんだろうな……?」

つくしを起こさぬよう、小さく呟きえいやっと上体を起こす。
もう夜は明けているようで、露天風呂へと続く扉から光が洩れていた。
そろそろと立ち上がり外に出てみれば、滾々と湧き出る温泉の湯。
近付いてみると、湯船の近くに道祖神のような置物があることに気付いた。

「……なんだ、これ……?」

昨晩は気付かなかったそれに近付くと、立て看板には『湯屋の神様 湯婆婆ゆばーば』と書かれている。
説明書きによれば、時にちょっとした“悪戯”をする、歌の好きな神様とのこと。

「……なんだよ…。もしかして、コイツの仕業か……?」

総二郎が呟き、軽くそれを小突く。
湯婆婆の像は、にやりと笑みを浮かべたようにも見えた。



-ちゃっぷん番外編『翔んでお江戸でいい湯だな』 了-





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