雨の降る日はそばにいて (54)

「綾乃さん・・・そうまでしてあなたには一体何が残ったの?得たものは何なの?」

綾乃さんは黙ってしまった。
この人もわかっているんだ・・・でも認めたくないんだろう。そんな育てられ方をしてきたから・・・。


「人の心は他人が動かせるものではないのよ。どんなに頑張っても西門さんの心は彼のものだもの・・・。
そうやって動かそうとしてる時って本当は空しくなかったの?わかっていたでしょう?
すればするほどあなたも苦しかったと思うわ。だから・・・最後は自分の身体を投げ出したんでしょ?
その不自由な足で今度は西門さんを縛るつけるつもりなの?」

「それでも・・・側にいてくれるならいいと思ったのよ!」

「そんなの何の意味もないよ。気持ちが通じ合ってない人と一緒にいても愛情は生まれないもの。
同情だけで西門さんを繋ぎ止めるなんて事・・・私は許さない!」

初めて・・・初めて綾乃さんが私の前で涙を流した。
絶対に私の前でなんて泣きたくなかっただろうに・・・眼を真っ赤にさせて綾乃さんはその涙を私に見せた。
震えているその手は自分の動かない足にかけられたブランケットを強く掴んでいる。


「あなたなんかに西門を纏める力なんてないわよ・・・おば様でさえ苦労したんだから・・・!」

声を詰まらせながらそんな言葉を私に向けた。

「そんな事は初めからわかってるよ。だから・・・西門さんがいるんじゃない・・・1人では何も出来ないよ。
でも、助けてくれる人がいたら乗り越えられるかもしれないでしょう?
そのためにはお互いが信じ合ってないと無理だと思うの・・・。私も今まではそれが出来なかった。
自分にはなんの力もないから自信がなかったの。でも、やっと決心できた・・・私は彼と同じ道を歩こうって。
前にも言われたのよ・・・時間をかけてでもいい、少しずつでいいって」

「・・・そんなに甘い世界じゃないわ。自惚れないでよ・・・!」


「そうだね。甘くないと思う。でも何があっても西門さんから離れなかったら・・・そばにいたら大丈夫な気がするのよ。
それだけで前を向けそうな気がする・・・それに気がついたの。だから彼を待つことにしたわ」


これ以上はもう何も言うことはなかった。
言いたかったことは伝えた・・・後は綾乃さんが自分で考えて、自分の進む道を決めるだけ。

「もう、私があなたに会うことはないかもしれないけど、あなたの脚がちゃんと治ることを祈っています。
そうじゃないと西門さんが一生苦しむから。でも・・・これは本心よ。自分の身体は大事にしてね・・・」


いつか綾乃さんにも助け合って生きていける人が現われたらいいと思う・・・それは本当に思うの。
そんな彼女を西門さんも笑って許すだろうと思うから。


私は美作さんに眼で合図をした。話しは終わったと・・・。
そして二人で綾乃さんの病室を出る・・・美作さんの手はいつものようにわたしの背中を支えてくれた。

綾乃さんは最後まで窓の方を見ていて、ドアが閉まるときも私を見ようとはしなかった。
静かにそのドアは閉まって・・・私は廊下を歩き出した。
いつか、綾乃さんも自分の足で歩いてほしい・・・自分の足音でそれを強く感じた。



「牧野・・・やっぱり変わってないな。司を怒鳴ったときのようだったよ」

「え?・・・そうかな。あの時の方が若かったから勢いがあったでしょ?」

凄く心配したんだろうな・・・美作さんは優しく笑っているけど病室では私より困った顔をしていたから。
随分とこの人にも甘えてしまった・・・長いこと美作さんの気持ちを利用してしまった気がする。

でも、美作さんはお礼を言われることよりも私が笑う事の方を喜んでくれるような気がする。
だからこのまま笑っていよう。・・・それが私に出来るただ1つの事だと思う。



病院の外は晴れているのに少しだけ雨が降っていた。

「あ・・・雨降ってたんだ。・・・さっきまで晴れてたのにね!」
「雨が降ってるの、牧野はキライだったよな」

「昔はね・・・よく覚えてるのね、美作さん」

そうね・・・雨が降ってるときには悪いことばかりがあったから・・・でも、今日は少し違うみたい。
雨で隠したい涙なんてないもの。雨で誤魔化さなくても、もう大丈夫だから!

空に向かって手を伸ばしたら、優しい雨が私の手の中に落ちてきた。


「さて・・・!今日は何か食べに行こうか!美作さんのおごりで!」
「ぷっ!・・・了解、お姫様・・・好きなところに連れて行ってあげるよ。たとえ世界の果てでもね!」

「日本でいいよ!しかも歩いて行けるとこ・・・美作さんが普段行かないようなところに連れて行ってあげるよ!」


*********


それから何日か後に私は美作さんの別荘を出て自分のアパートに帰った。


「今までありがとう。支えてもらって嬉しかった・・・また、ご飯食べに行けるよね?」

「あぁ、俺はいつでも牧野の幸せを祈っててやるよ。・・・なんか類みたいだな!このセリフ!」

「確かにね!いつか花沢類と道明寺も入れてみんなで昔話しようね・・・大学生に戻って」

美作さんは車に乗ったまま降りなかった。
その差し出された手を握り返しただけ・・・それが離れたときの少しだけ寂しそうな顔が見えた。
小さく手を振りながら車が去って行くのをずっと見送っていた。



久しぶりに自分の部屋の鍵をとりだした。自分の部屋なのに開けるのにドキドキしてしまうなんて・・・。

何日も留守にした部屋に風を通して掃除を念入りにした。・・・またしばらくここを留守にするから。
電気類のコンセントも抜いて、ガスの元栓も閉めて、冷蔵庫の中のものも片付けた。

今度はちゃんと支度をして、簡単に荷物を纏めていく。
少しの着替えと僅かな日用品・・・そして今まで貯金したお金を用意した。

最後に手に持ったものはラピスラズリのピアス・・・それと宝物の写真を荷物の中に入れた。


「よし!・・・やっとこれの出番が来たかな・・・」

もう一度部屋を見渡したあと、この部屋を出た。
その足で会社に退職届を提出しに行き、お世話になった上司や同僚とも別れた。


もう後ろを振り向かずに前を向こう・・・彼が帰ってくるまでに少しでも勉強しようと決心したから。

私は西門さんの世界に飛び込んでいこう。
一人で何が出来るかわからないけど、それでももう迷わなかった。


だから、彼を待つ場所はあそこしかないと思った。

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