ヴィーナスの涙をあなたに・2

「ねぇ、総二郎。あきらの態度が気にならない?牧野の事、黙ってたのもそうだけど最近いつもどこかへ行くよね?
あれって牧野の所じゃないの?・・・何か聞いてない?」

「別に何も聞かねぇよ。牧野の頼みって言ってただろ?・・・類がくっつき過ぎたんじゃねーのか?
心配しなくてもあきらは無茶しねぇよ!居場所がわかってんだから牧野が落ち着くのを待ってやれよ」

「・・・無茶はしないだろうけど、あきらは人の心を掴むのが上手いからね・・・」


ラウンジに着く少し手前で二人の会話が聞こえた。
類が俺を警戒している・・・俺が牧野に手を出さないかと心配してるわけだ。

その会話を聞いて、もうラウンジに行くのをやめた俺はいつもより早くに牧野がいる研究施設に行くことにした。
車のエンジンをかけて勢いよく大学の駐車場から出て行く・・・この時、自分が浮かれているのがわかる。
類でも総二郎でもなく・・・この俺が牧野の所に行くという事がそんな気分にさせるんだろうか。

それとも単純にあいつに会えるからなのか・・・?
車の中でいつも考えていた。

いつから俺は牧野の事を愛していたんだろう・・・牧野が司と恋をしていたときから?
それよりも前から?・・・初めて会ったときから・・・それが一番当てはまるような気がする。
年上が好きだとか、割り切った付き合いがいいとかいいながら俺はあの元気で明るい牧野に恋をした。

それじゃ、もう随分長いこと片思いしてんだな・・・俺。
だんだんと緑が多くなってきて施設が近づいてきた・・・もうすぐ牧野に会える、そう思うと自然と口元が緩んでしまう。
そんな自分がおかしくて・・・でも悪くはないな。


*******


目的地に着いたらすぐに温室の方に足を向けた。
その途中・・・温室じゃなくて外の草むらに牧野が座っているのを見つけた。

ゆっくり近づくと牧野は気配に気がついて立ち上がった。・・・今日は笑顔を見せている。


「どうしたんだ?こんな所で・・・温室はもう飽きたのか?」

「ううん。今ね、ミストで農薬みたいなの散布してるから入れないの。・・・温室だから本当はしなくてもいいらしいけど
大事な試験品種だからって・・・追い出されたのよ。人間でも身体には悪いでしょ?」

「そうか・・・で?ここで何してたんだ?・・・落とし物?」

笑顔のまま牧野はまたその場に座り込んだ・・・そしてまた草の中を何かを探すような仕草をしながら俺に背中を向けた。
座るところもないのに・・・俺はやった事なんてないけど、牧野と同じようにしてみたくて草むらに座ってみた。
手に当たる草が冷たくて・・・くすぐったいような気もする。


「牧野・・・類達に聞かれたからお前が無事だって事だけ伝えたよ。牧野が会える状態になったら会わせてやるって
答えておいた・・・良かったか?」

「・・・そう。ここの場所も教えたの?」

「いや、この場所は伝えてないよ。だから急にここには来ないさ」

牧野は急に手を止めて立ち上がった。
パンパンとスカートについた草を払いのけて小さな建物の方に向かって歩き出す・・・その顔から笑顔が消えた。
お袋が牧野に貸しているその部屋に向かっているようだった。

「牧野!待てよ・・・なにか悪い事言ったか?類達も牧野の事が心配なんだ。その気持ちはわかってやれよ!
俺は今すぐあいつらに会えって言ったわけじゃない!牧野が落ち着いたらでいいから・・・」
「美作さんは何もわかってないのよ!」

「・・・牧野?」

初めて聞いた牧野の叫び声・・・俺が何もわかっていないって?

俺の方を振り返った時の牧野はすこし赤い眼をしていた。
牧野はそのまま黙って部屋の方にまた歩き出す・・・今度は顔を下に向けて。

そして部屋の中に消えていった。
今の会話のどの部分で牧野を傷つけたんだ?全くわからなかったから俺はその部屋に入ることが出来なかった。
牧野の事は牧野に決めさせる・・・そう決めていたからこの行動が牧野の答えなら受け入れるしかない。


今日はもうここから帰ろうと向きを変えたら、今度は牧野がドアを開けてこっちを見ている。
今にも泣きそうな顔で・・・それは何を意味するんだ?牧野・・・。

世話がかかる大きな妹の側まで行ってもう一度聞いた。


「どうしたんだ?俺は牧野を追い詰めるようなことはしてないだろ?・・・今すぐじゃない、落ち着いたらでいいんだ。
それまではあいつらにはこの場所も言わないし、嫌なら会わなくてもいいんだ。・・・それだけなんだ」

「うん・・・ごめんなさい。美作さん・・・紅茶入れてよ。得意でしょ?」

「変なヤツだな・・・今度は紅茶か?俺は牧野の召使いじゃないんだからな!」


俺も部屋に入りそこにあったソファーに着ていたジャケットを置いてキッチンへ向かった。
さすがお袋の趣味・・・自宅とよく似ていたからどこに何があるかすぐにわかってしまう。

俺の紅茶が飲みたいという牧野にアールグレイを選んだ。
水は軟水を使って・・・カップもポットも暖めておく。そうやって準備をしていたらテーブルの向こうに座る牧野が話し始めた。
両手を顎に当てて、俺の手先を見ながら・・・とても小さな声で。


「類達にはまだ会えないの。会うのが怖いのよ・・・また、自分が見えなくなりそうで。
だから、さっき言われたときに類ならすぐにここを見つけて来そうだって思ったの。それで・・・大きな声出したの」

「類が何かしたのか?あいつは牧野の事を想ってるから手を差しだしてるんだろ?」

「そうかもしれない。でもね・・・類は何でも先に準備しちゃうの。欲しいものは探す前に目の前に出されるし、
私が何も言わなくても二つも三つも先のことまで用意してしまうの。そうしたらね・・・私はもう何もしなくていいのよ。
西門さんも同じ・・・私がしたいことを先に済ませてしまうの。行きたいところも決められちゃうの。
それが怖い。自分で手を伸ばして何かを掴まなくても、探さなくてもいい・・・それに慣れてしまうのが怖いの」

「類の愛情が牧野の自由を奪っているって言うのか?・・・類が聞いたら泣くぞ?」

「うん・・・。だから言えなくて逃げてるの。類の気持ちは知ってるから・・・」


牧野の前に紅茶を置いた・・・その香りは牧野の心を落ち着かせているか?
ゆっくりとその口にカップを近づけて香りと共に牧野は紅茶を飲んだ。

「・・・美味しい。久しぶりだね・・・美作さんの紅茶」
「そうかな。そう言えばしばらく牧野には飲んでもらってないな」


もうすっかり日が落ちてあたりは暗くなってきた。
いつまでもここに居る訳にもいかない・・・ジャケットを羽織って帰る支度を始めると牧野は小さな声で俺に言った。

「帰るの?・・・やっぱり帰るんだね」

「帰って欲しくない?俺はここにいてもいいけど・・・牧野が嫌じゃないなら」

「・・・たまにね。一人がすごく寂しいときがあるのよ。今日がそうなのかもしれない・・・」

「じゃあ一緒にいてやるよ。今のうちに話したいこと話しとくか?何でも聞いてやるぞ。俺は質問しないけどな」


結局、またジャケットを脱いでこの部屋に牧野と二人・・・ソファーに座ってずっと話しを聞いていた。
司のこと、類のこと・・・総二郎のこと。
悲しかったことや悔しかったこと・・・少しは嬉しかったこともあったと鼻をすすりながら牧野は話した。
俺は牧野の肩に右手を回していたけど、無理に引き寄せるようなこともせずにいた。

「道明寺と付き合っていたときに二度とこんな恋はしないんだろうなって思ってたの。そのぐらい・・・好きだったのよ?
でも終わるときにはあんなにもあっけなくて・・・この隙間ってどうやって埋めていくんだか今でもわからないの」

「・・・空いたままじゃダメなのか?埋めようとするからキツいんじゃないか?」

牧野の頭がコツンと俺の肩に当たる・・・こんな状況初めてでもないのに相手が牧野だとここまでドキッとするものかな・・・。
少し顔を横に向けたら牧野の髪が俺の顔をくすぐった。


「こんなに話すなんて思わなかったわ・・・いろんなこと言葉にしたらすっきりしたかも・・・」

「それは良かったな!俺は頷きすぎて首が痛いよ。よくもまぁ、そんなに溜め込んでおけるな。
そんなもの早く吐き出せば良かったのに・・・」


いつのまにか牧野は俺の横で眠っていた。
俺の肩に頭を置いて・・・寝息をたてている。そんな牧野の頭を撫でながらしばらくその寝顔を見ていた。
もう少し人の力を借りて楽にしたらいいのに・・・何もそこまで強くならなくてもいいんだって。
女の子なんだから・・・男はそれを守るためにいるんだから。

そんな事を思いながら俺も牧野の横で眠ってしまった。


どのくらいたったんだろう・・・。眼が覚めたら俺の横に牧野はいなかった。

「牧野?・・・牧野、どこだ?」


起きて探したけど部屋の中に牧野はいなかった。
慌てて外に出たら・・・月明かりの中、牧野は昼にいた草むらの中にいた。
そこに座り込んでまた何かを探している。ホッとしたけど・・・同時に腹が立って牧野に大きな声を出した!

「いくら施設の中とはいえこんな夜に何をしてるんだ?危ないじゃないか!」

牧野は俺の方を見もせずに月に照らされた草むらでずっとうずくまっている。

「聞いてるのか!牧野・・・」
「・・・あった!あったよ!美作さん!」


「は?何が?」


急に大きな声を出した牧野は振り向いてその手の中のものを嬉しそうに俺に差しだした。
そこにあるのはあの幸せの象徴・・・

「これって・・・四つ葉のクローバー?」

「そうよ・・・美作さんにあげようと思って昼からずっと探していたの!今夜は月が明るくて良かった!」

月明かりに照らされた四つ葉のクローバー・・・牧野が自分で探したかったもの?

それを俺の手の中にポトンと落として牧野は嬉しそうに笑った。
月の光で照らされた牧野は今まで見た中で一番綺麗に見えた。



「これをもらえる俺は・・・幸せになれるのか?」

「さぁ・・・どうかな。でもこれを見つけた私は、今凄く幸せな気分だわ」

YOTUBA.jpg

花より男子

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