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plumeria

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保育園で七夕飾りをすると言われ、保育士さんから短冊を渡されたのは7月の初めだった。
龍はまだ字が書けないから私に何か願い事を書いてくれと。

それを預かってアパートに帰り、何を書こうかなぁと悩んだ。
自分の事じゃないし、龍のお願い事だって実の所まだ判らない。会話は何となくできるけど、それは私が一方的に聞くだけで龍から文章では話してこないから。
だから難しく考えずに、私が願うことでいいんだろう・・・そうなると頭に浮かぶのは総二郎の幸せだったけど、そんな事も書けない。

「龍太郎のパパが幸せでいられますように」・・・なんて書いたら保育士さんがドン引きしちゃうわ、なんて。


だから『病気をしませんように』と書いて、テーブルに置き、食事の支度に取り掛かった。
その時になったチャイム・・・今日は祥一郎さんが来るなんて聞いてないけど?と思ったけど、私が玄関に行く前にドアが開けられ、少し難しい顔をした彼が立っていた。
私の後ろからは龍が来て、嬉しそうに「しょうちゃ!」って言うけど、祥一郎さんは黙って龍を抱き上げるだけ。


「どうかしたの?顔が怖い・・・何か問題が起きたの?」
「・・・・・・・・・うん、まぁね」

「そう・・・とにかく中に入って?ご飯、簡単で良ければすぐに出来るけど」
「うん、あんまり食べられないから・・・」

「・・・座ってて」


彼が顔に出すのは珍しい。余程難しい病気の子供が来たのかもしれない。
小児科医は相手が子供だし、検査の結果次第ではもっと大きな病院に転院させることもあって、その時には凄く辛そうだった。小さな身体が頑張るから余計に・・・そしてこの半年間で5人ぐらい、重い症状の子供を特別な病院に送り出したもの。

もしかしたら今日もそんな事があったのかもしれないけど、私からは聞かないことにしていた。医学的な知識も無いから同情することしか出来ないし、龍と重ねて見てしまってすぐに泣くから。
医者である祥一郎さんの方が苦しいに決まってるし。


突然だったからささやかなおかずしかなかったけど、それを食べ終わると龍と少しだけ遊んでくれた。
でも今は昼間が暑いから疲れてしまうのか、龍は早くに寝てしまう。今も積み木持ったままウトウトして、彼が抱っこしてベッドに運んでくれた。
そうしたらすぐに寝入って、それからは2人の時間・・・お酒は飲めないからアイスティーを入れて、コトンと彼の前に置いた。


「・・・はぁ、ごめんね。態度に出しちゃって」
「ううん、平気。病院勤務は色々大変だもんね」

「仕事は何処でも大変だよ。そうじゃないんだ・・・」
「え?子供の事じゃないの?」

「・・・うん、実は君にお願いがあるんだけど・・・」
「・・・・・・お願い?」


そう言った後で暫く考え込んでいたけど、1つ大きく深呼吸した後でいつも持ってる仕事用の鞄からパンフレットみたいな物を出した。
それを私の前に置いたから読んでみたら・・・


「医療事務?」
「うん。資格を取って欲しいんだ」

「私に?どうして?」
「・・・・・・今の病院を辞めるかもしれないから」

「・・・えっ?」


医療事務の資格と言っても難しいものから簡単なものまで色々あるみたいだった。
どれも国家資格ではなく民間の資格だし、病院の事務はこの資格がなくても働ける。でもあった方が有利だし、難易度が低いものは在宅でも取れるから人気があるんだって事ぐらいは知っていた。

でも祥一郎さんはその中でも1番難易度の高い「診療報酬請求事務能力認定試験」を勧めてきた。
「メディカルクラーク」は平均5割から6割が合格、「医療事務管理士技能認定試験」の合格率は5割を少し下回る。在宅でも出来る「医療事務認定実務者」はほぼ全員が合格できる難易度の低い試験。

それに比べ「診療報酬請求事務能力認定試験」は全国一斉統一試験で厚生労働省が唯一認定した資格・・・合格率も3割から4割だという。

自分がやりたいのなら兎も角、いきなり資格を取らないかと言われたのに1番難しい試験なんて・・・と戸惑ってしまう。
勿論それは彼も承知してるようで、「無理を言ってごめん」なんて謝るから・・・


「病院、やめてどうするの?」
「まだ決めたわけじゃなくて、そうなるかもって話。その時には開業しようかと・・・勿論自分の力でね」

「・・・それとこれはどう関係してるの?」
「もしもそうなったら君に手伝ってもらいたくて」

「・・・ね、病院で何かあったの?」
「・・・・・・実は・・・奈津子さんがね・・・」


その名前を聞いて驚いた。
半年前に私を睨みつけた人・・・彼女がまだ祥一郎さんを諦めてなかったんだと。




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まだ梅雨が明けない7月初め。
宗家に居れば七夕の茶事をする頃だ。

七夕は「笹の節句」「星祭」とも言われる五節句のひとつ・・・そして、ここ京都では貴船神社の水まつりと七夕神事が毎年7月に行われている。その時には表千家、裏千家などそれぞれの家元による献茶式が行われる。

この頃の茶道具や菓子に梶の葉を模ったものが使われるが、その昔・・・

『七夕の 門渡る舟の梶の葉に いく秋書きつ 露のたまづさ』
(彦星が織姫に逢いにゆくために天の川を漕ぎ渡る舟の舵(梶)ではないが、私はもう幾秋あなたをお慕いする手紙を梶の葉に書きつづけたことでしょう)

と詠まれたことが始まりだと言われている。


中国の「乞巧奠」によると、サトイモの葉にたまった夜露を天の神から受けた水だと考え、それで墨を溶き梶の葉に和歌を書いて願いごとをしたのだとか・・・この葉には細かい毛が沢山あるから書きやすかったのだと言い伝えられている。
この寺にも1本だけ梶の木があり、それを見上げながら奇妙な形の葉に「七夕」を重ねていた。


この葉に願い事を書けと言われれば、俺は何を書くだろう。

茶道家に戻りたいと・・・
慣れ親しんだ土地に戻りたいと・・・

いや、そうじゃねぇだろう。やっぱり書くとすれば・・・・・・


「総二郎様、いかがされました?」

頭の中につくしが浮かんだ瞬間、背中側から声が聞え、あいつの笑顔は消えた。それを追い掛けようと目を閉じたけど、近付く足音がそれさえも許してくれない。
・・・修行もクソもねぇなと気持ちを呑み込み、振り向いて住職に一礼した。


「・・・いえ、何でもありません。梶の葉を見ておりました。もう夕方の座禅ですか?」

「いや、まだその時刻にはなっておりませんよ。はは、流石ですな、この時期に梶の葉をご覧になるとは」
「幼い頃から聞かされておりますから。でも東京にはこの木はありませんでしたから」

「でしょうな。この木は日本では九州のほうに多いのだそうですよ。
ただ神に捧げる木として神社の境内にはよく植えられております。昔は七夕の飾りでもありましたのでな。まぁ、ここは寺ですが、随分前に西門家の何方かが植樹されたそうで、七夕の茶事で梶の葉を使われたのでしょうな」

「そうですか・・・それは知りませんでした」


そこまで聞いてからまた一礼し、自分の部屋に帰ろうとした。
西門の名前が出た瞬間、嫌な予感がしたから・・・でも、すぐに呼び止められて俺の「予感」は現実になった。

爺様である先代からの依頼で、七夕の茶事をする。
今回は修行の成果を見るためのものであり、拒否は出来ないとの話だった。


「・・・判りました。いつでしょう?」
「7月6日だそうです。朝は支度が大変と言う事で、夕方からの茶事になさるそうですよ」

「場所はここでしょうか?」
「いえ、別邸にお戻り下さいとのことです。その日は色々大変ですから別邸にお泊まりなさい」

「・・・近いので戻れますが」
「いえ、今後の話もあるかもしれません。言ったでしょう?貴方は僧侶ではありません」

「判りました。ではお言葉通りに致します」





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