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plumeria

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無我夢中でつくしを抱き締めた時、後ろから割れんばかりの声で泣き叫ぶ龍太郎・・・恋い焦がれた女に触れてるのに、それを一気に現実に戻すには充分なものだった。
しかも母親を暴漢から助けるかのように必死で俺の足を殴ってるし、それはそれで頼もしいと感じた。

2歳児でも男じゃねぇかと・・・さすが、俺の息子だと。


「うわあぁんっ!ママ、ママ~~!」
「大丈夫よ、龍。怖い人じゃないから」

「・・・怖い人って」

「・・・めっ!」
「龍、お部屋に行こうか」


小さいながら俺を睨みつけ、もう1回バシッ!と足を殴られた。勿論痛くはねぇけど、内心「父親に何すんだ?」と思ったり・・・でも、その怒った顔も可愛らしいと思えて、「悪かったな」と髪をなでた。
でも「やっ!」と撥ね付けられたから、どうやらこの時点で俺は「悪いやつ」だと思い込まれたらしい。「もうしねぇよ」って言えばプイッと反対を向かれた。

まぁ、それも・・・無理はない。
こいつの中に、俺はまだいないも同然・・・それが少し悔しかったけど。


つくしはチラッと振り向いて、「こっち」と俺を案内してくれた。
それについていくと、それなりに広いリビング・・・祥一郎が選びそうな淡い色合いで統一された部屋だった。
子供が居るのにゴチャゴチャもしぇねぇし、つくしと兄貴のイチャイチャしたような雰囲気も感じられない・・・それには少しホッとした。
「家族写真」みたいなのがあって、それに祥一郎が入っていたら・・・・・・そういうのをすげぇ恐れていた自分に今更ながら驚いた。


それに贅沢してる雰囲気もない。
家電品も必要なものだけで、家具も高級感はない。
祥一郎がつくしに合わせてるのか、それとも長年あの家を出て1人暮らしだったから、これがあいつの普通になったのか・・・そんな事はどうでも良かったけど。


「お茶・・・入れてくる」
「別に要らねぇ」

「でも・・・話があるんでしょ?」
「俺だけにあるみたいに言うな。お前から聞くことも多いだろ」

「・・・そう・・・でもないよ」
「どう言う意味だ?」


俺に話すことはそんなにない・・・。
そう言ってつくしは俺の目も見ずにキッチンに行き、そこで冷たいものをグラスに入れてきた。龍太郎にも飲み物を・・・そしてラグの上にペタンと座り、子供に菓子とジュースを渡した。


「時間が限られてる。まずは2年半前の・・・あの夏の日のことを聞かせてくれ。何故、お前は俺の前から消えたんだ?」
「・・・・・・・・・・・・」

「西門が来たって事じゃねぇのか?」
「ううん、違うよ。私ね・・・もうダメだなって思ってたの」

「ダメ?何がだ?」

「総二郎と付き合うの、もう疲れたなって・・・だからあの日、1人で出て行く計画立ててたの。この子の事は・・・その後で知ったの」


俺と付き合うのが疲れた・・・つくしはそう言ってグラスに手を伸ばした。
嘘をつく時には人の目を真っ直ぐに見ることが出来ない。そして下唇を噛む・・・そのクセを俺が知らねぇとでも思ってんのか?




************************




総二郎があの夏のことを話せと言う・・・それは当然だと思う。
あんな逃げ方をしたんだから、それなりに原因や理由があったはずだし、どうやって隠れ何処に行ったのか・・・その時の私の気持ちを知りたいのも、龍が何処で産まれたのか、その時の様子を全部知りたいだろう。

逆の立場だったらこんなに落ち着いてない・・・殴ったり叩いたり叫んだりして、この人を詰るだろうに。
随分大人になったんだなって・・・思った。


「・・・話があるんでしょ?」
「俺だけにあるみたいに言うな。お前から聞くことも多いだろ」

でも家元夫人に言われた一言が私の口を噤ませる。
もしも喋れば総二郎の次期家元が消えてしまう・・・祥一郎さんも病院に居辛くなる。
龍を手放す気持ちにはなれないけど、もしも龍がそれを望んだら・・・その時には家元夫人のご機嫌を損ねちゃいけないとか、色々な思いが交錯する。

どれが正しいのか、結局今でも決められない・・・それにこんなに近くで見詰められたら、頭が真っ白になって訳が判らなくなる。


とにかく、総二郎の将来だけは守りたい・・・それが1番だった。
だから「話すことはない」・・・そう言った。


「私ね・・・もうダメだなって思ってたの」

「ダメ?何がだ?」
「総二郎と付き合うの、もう疲れたなって・・・だからあの日、1人で出て行く計画立ててたの。この子の事は・・・その後で知ったの」

「・・・疲れた?」

「疲れるよ・・・だって先が見えないんだもん。どれだけ好きでも一時的なもので、私はその時だけの彼女で、いずれ何処かのお嬢様に負けてしまうのよ?
気にすんなとか、ゆっくりでいいとか言ってくれたけど、それってさ・・・結局総二郎の希望だけで、西門の方針には背く訳でしょ?2回も同じ失敗はさ・・・したくなかったのよ」


総二郎の顔が見られない。
白々しいと下唇を噛む・・・だって、今言ったことはその時に散々話し合ったんだもん。総二郎の事を信じるって、そう思って付き合ったんだから、失敗したくないなんて言う事自体が無茶苦茶。
それでも私の事を嫌って出て行ってくれれば・・・それで全部が上手くいくと思うしかなかった。

でも、総二郎は怒りもせずにそこに居て、急に自分の事を話し始めた。


私が居なくなってから会社や自宅の周り、数少ない友人に聞きまくったと・・・それでも見つからなくて、仕事が出来なくなったと言った。
うわの空で茶席に失敗し、感情が無くなっていったって・・・それで一昨年の年末にお酒を飲んで傷害事件を起こした。相手の人は重傷で、総二郎も大ケガをして病院に運ばれたって。
それに驚いて、再会して初めて総二郎の目を見た。


「なんだ・・・人の怪我の話で漸く見てくれたのか?」
「・・・・・・後遺症、ないの?」

「ねぇよ、そんなもの。気にしてくれるのか?」
「・・・・・・そ、それは・・・怪我って聞いたら怖いし」

「お前の誕生日・・・一緒に居られなかったからな・・・すげぇイラついたんだ」
「・・・・・・私の誕生日?」


総二郎が暴れたのは12月28日、それを聞いて視界がぐにゃりと歪んだ。
私が居なくなってから1年4ヶ月後・・・総二郎を苦しめて、苦しめて、他の誰かにその拳を向けたなんて。

相手の人とは弁護士を挟んで示談にしたらしく、総二郎が京都に出されたのはそのせいだと言われた。それは丁度私が祥一郎さんに告白された頃だ。
その頃、総二郎がそんな目に遭っていたなんて・・・私が新しい恋が始まるかもってドキドキしていた時に、この人は身体中に傷を作って宗家を出されたなんて・・・!

それを考えたら申し訳なくて、何かで目元を拭う暇もなく、涙が一筋流れた。


それからも総二郎は京都のお寺での生活を教えてくれた。
朝早くに起きて夜早くに寝るまでの仕事のこと・・・住職さんのことやお爺様の事も。
派手な暮らしをしてきた人が、地味な作務衣を着てそんな毎日を送っていたとは信じられない。でも、尖っていた部分がなくなった事も感じ取れるから、修行の成果・・・なのかもしれない。

進歩がないのは私だけ・・・ここでも情けなくて自分が恥ずかしかった。


「でもお前が一番気にしているのは俺の生活じゃねぇだろ?」
「・・・え?」

「この前宗家に来た親子、そいつらと俺の関係について・・・・・・どうだ?」
「そんなこと・・・私には関係ないし!」

「関係ないって言うわりには一番反応したんじゃね?」
「・・・・・・!!」


なんでもかんでも見抜いちゃう嫌な人・・・そんな所は全然変わってない。
だから総二郎に嘘ついても無駄、それも判ってるけど・・・


「あの人は佐々木和香、子供の名前は由依。
英徳の先輩で、京都で知り合った人だ。俺が居た寺に、あの人の旦那が眠ってんだ」

「・・・えっ?」

「由依の父親で大野って名前のな・・・由依が生まれて間もなく、交通事故で亡くなったんだそうだ。
でも佐々木の親に反対されて籍は入れてねぇし、大野の親は由依の事を知らない。2人で逃げて大阪で暮らし、大野さんが亡くなった後は彼の実家がある京都に2人で住んで、お前が住んでいたような小さなアパートで親子2人暮らし・・・。
実家に認めてもらえなかったって事が気になって、話すようになっただけの人だ」

「でも、京都から病気の子供を連れて・・・?」




***********************




良い話をしてるわけじゃねぇのに、俺はこの時間がすげぇ懐かしかった。
こうやって近くに座ってなんでも語り合った頃を思い出し、つくしの表情がだんだん昔に戻って行くのが嬉しかった。
時間がねぇからもどかしいのに、今は急かす事も出来ない・・・だからこいつの気持ちが緩むまで、自分に起きた出来事を大雑把に話していった。

そして和香の事になると急に身体を強張らせ、それまで流していた涙も止まった。
瞬きが忙しなく、唇に当てた指先を噛む・・・やっぱり意地張ってるだけじゃねぇかと思ったが、誤解を解くのも大事だ。俺達がなんでもねぇ関係で、和香が何故俺に縋って来たのかを説明することにした。


「でも、京都から病気の子供を連れて・・・?」
「それは違う。和香は俺に何も言わず、京都から姿を消したんだ」

「・・・・・・?」

「あん時は驚いた・・・またか、と思った。
お前が西門に現われた日の翌日、あれが京都で姿を消して以来の再会だったんだ」


姿を消したと言えば目をまん丸くし、俺が「またか」と言ったら目を閉じて顔を逸らせた。
だから俺はつくしの横顔を見ながら言葉を続けた。
何処の何奴か知らねぇが、和香の居場所を東京の親元に教えたヤツが居て、和香は強引に実家に連れ戻された。そして1人娘の由依を養子に出すと言われ、家を飛び出した直後に病気・・・頼れる人間が他に居なかったから泣き付いて来たんだと。


「和香と京都で最後にあった時、俺の修行が終わることを話していたから、彼女は西門に俺が戻ってることを知ってたんだ。
そして俺は修行中に腐ってたのを助けてもらった。自分はもう何をしても旦那に会えないけど、俺は会える可能性があるじゃないかって・・・会って事実を聞かなきゃダメだって励まされた。
子供なんて興味もなかったけど、由依の明るさにも救われた・・・いつか俺にも子供が出来たら、と夢を持たせてくれたんだ。
だから放っておけなかった。つくしが誤解するかもと思ったけど、病院まで付き添ったって訳だ」

「そうだったの・・・あっ、それで今日はどうなったの?」

「あぁ、処置が早かったからだ丈夫だろうって・・・・・・祥一郎に言われた」


俺の口から出た「祥一郎」って言葉につくしが固まった。

今度は自分の番だ・・・そう思ったのかもしれない。






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