10月の向日葵 (13)

「それでは今日はこの辺で終わりましょうか。お疲れ様でした・・・すこし、雨が降っておりますからお帰りはお気をつけて」

「総二郎様、今度是非、我が家にお越しいただけませんかしら」

稽古が終わってからそう声をかけてきたのは、旧華族のお嬢様、九条清香という女だった。
いかにも名家のお嬢らしく、完璧な所作に美しい顔立ちの女だ。おそらく彼女の申し出を断わる男なんて存在しないだろう。
本人もそれを自覚していると思われるほど自信に満ちあふれた表情と態度・・・でも、そんなものは俺には関係なかった。

「九条様のご自宅にですか?何故でしょう・・・稽古ならここで行う方がよろしいですよ?道具も揃っておりますしね」

「お稽古ではございませんわ。わかっていらっしゃるくせに・・・私の両親に会って頂けません?総二郎様をご紹介したいわ」

「九条様なら以前からお会いしておりますよ。わざわざ貴女のご自宅に出向いてまでご挨拶しなくてもよろしいでしょう?
それとも、九条邸で茶事でもなさりたいのでしょうか・・・それなら、事務所にお申し込み下さい。私が亭主でよろしければ事務所の方で
調整するでしょう。それ以外に何か・・・?」

思い通りにならなかったからだろう、美しい顔は一気に眉を歪ませ怒りを露わにした。


「・・・もう、結構ですわ。ご機嫌よう・・・」

「はい、それではまた来週お会いしましょう。清香さん、お待ちしておりますよ」

俺を誘い出そうとして失敗した清香だが、ここで怒らせるわけにはいかない。
帰り際には必ず、特別に微笑んで送り出してやる・・・この時も九条清香はそれまで機嫌悪くしていたくせに、また表情を変えた。
潤んだ眼で見上げてきて、演技かどうかは知らないが赤い顔して帰っていく。
間違いなくあの女は来週も元気よく稽古に来るだろう。そんな女は清香だけじゃなかった。


俺の稽古を受けられるのはごく限られた生徒だけだった。
そのために俺の稽古という「切符」を手に入れるために女達は必死になってる・・・鬱陶しくて堪らないシステムだが仕方がない。


そして最近では家元に直接指導される機会も増えてきた。
子供の頃は3人揃って受けていたが、いつの間にか祥兄は家元で、俺と考は一番弟子の坂本さんに稽古をつけられていたからな。

「うむ・・・。いいだろう、その調子で己の稽古と精進を忘れないようにしなさい。特にお前は乱れがちだ・・・未だに遊んでるらしいな。
その辺りから正していかないと茶にもそれがでてしまうぞ。言われなくてもわかっているだろうが、次期家元の名を穢さぬように。
今日は夕方に折川様の茶事があるから、お前が亭主を務めなさい。頼んだぞ」

「畏まりました。務めさせていただきます・・・ありがとうございました」

家元に深く礼をして、立ち去るのを見送る。
姿が見えなくなるとホッとした。認められているのか、貶されているのかさっぱりだ!

取り敢えず一番面倒な稽古が終わったんだと安心して、自分の部屋に戻ろうとしたときに夜遊びから帰ってきた考と出会った。
特に話すこともなくて無視して横を通り過ぎたら、考の方から声をかけてきた。

「総兄!お袋から何か聞いてないか?つくしの事」

「つくしの事?別に何も聞いてねぇよ。あいつがどうかしたのか?」

「聞いてないんだ・・・じゃあ、いいや!そのうちに耳に入ると思うから、その時は邪魔すんなよ!」

考の言ってることもさっぱりわかんねぇ!つくしの事でお袋が俺に言うことがあるって・・・邪魔すんなってどういう事だ?
少しだけ嫌な予感がした。


「まさかな・・・バカバカしい!」


俺の中で生まれた「最悪なシナリオ」を打ち消すかのように、シャワー室へと向かった。


********


この日、どうしても気分がすぐれなかった私は事務所に有給休暇をもらって、西門の自分の部屋で横になっていた。
頭の中で繰り返される言葉・・・あれ以来、ろくに寝ることさえ出来ていない。


『あら・・・私のお願い、聞いてはくれないの?』


その一言はここでお世話になった私にとっては、次の言葉を封じ込められるものだった。
あれだけ可愛がってもらった家元夫人にそれを言われたら、例えそれが私の運命を変えるものでも受け入れないといけない・・・
そんな気がするほど、重くのし掛かってきた。

考ちゃんとの事を考える?考えられる?・・・とてもじゃないけど無理なことだった。
大体考ちゃんがいつ頃から私にそんな感情を持っていたのかさえ気がついていないんだもん。
そのぐらい考ちゃんを男性として見たことがなった。

私が見てきたのは1人しかいないんだもの・・・自然と私の眼はその彼の自室に向いていた。
さっきお家元との稽古が終わったってお弟子さん達が言ってたっけ。今は自分の部屋にいるのかしら・・・。

ゆっくりと起き上がると足が総ちゃんのお部屋の方に向かって進んで行く。
一歩ずつ進む度に心臓がいつもより早く脈打つのがわかる・・・でも、ここには相談できる人は他にはいなかった。
相談・・・?いや、多分この話を止めてくれるのは総ちゃんしかいないって思ったんだ。


気がついたらもうドアの前・・・震える手で総ちゃんの部屋をノックしていた。

足音が聞こえてきてドアが開いた・・・「つくしか・・・」って小さく言葉を出して中に入って行く。
これは入ってもいいって事だよね?私は総ちゃんの部屋に入ってからから静かにドアを閉めた。



最近はあんまり入らない総ちゃんの部屋は、昔とちっとも変わんないシンプルなもので必要最低限なものしかなかった。
ダークブラウンで統一された部屋は昼間でも暗く感じる。その中で白いシャツの総ちゃんだけが光って見えたのは気のせいかしら。

「何だよ・・・何か用でもあんのか?」

「あ・・・うん、相談したいことがあって。総ちゃん、今時間ある?」

「少しなら大丈夫だけど?次の仕事は昼過ぎの取材と夕方の茶事かな・・・急に亭主務めることになったからな」

シャワーでも浴びたんだろうか、総ちゃんはまだ少し濡れている髪の毛をタオルで拭いてる。
そして最近の総ちゃんは私の顔をあまり見てはくれない。横を向いたままスケジュール帳の確認をしていた。
私が相談したいと言っても表情も言葉も何一つ変えることもなく、それが私の不安を一層大きくしていた。


「実はね、家元夫人が私にお話しを持ってきたのよ・・・」

「話・・・?何のだ?」

総ちゃんの手が止まった。
少しは聞いてくれる気になったのか、総ちゃんが初めてちゃんと私の顔を見てくれた。

「家元夫人がね、私にある人と付き合わないかって・・・私ねびっくりして、それで答えられなくて・・・」
「それをなんで俺に相談すんだよ。俺、何か関係あるのか?」


「・・・え?・・・総ちゃん」

急に冷たくそう言われて、今度は私の手が止まった。

「つくしが決めればいいんじゃねぇの?嫌なら嫌で、いいならいいで・・・それって人に相談しねぇで自分で決めろよ。
相談された方は迷惑だぜ?それで付き合うの止めてさ、後からあんたが止めとけって言ったんでしょ?・・・なんて言われても
責任とれねぇよ。そうじゃないか?」

それはそうなんだけど、そんなことはわかってるんだけど・・・止めてもらいたいって思っただけなんだもの。
総ちゃんにそれは間違ってるって・・・本当言えば、何処にも行くなって言われたかった。


総ちゃんの気持ちなんて確かめたこともないんだけど、そんな言葉を期待してしまっていた。
こんなにもあっさりと、こんなにも速攻でその期待が崩れるなんて思っていなかった。

「そうだよね・・・ごめん。家元夫人に言われたらどうしても断れなくて・・・でも、自分でもう一回考えるよ。ごめんね、総ちゃん」

私は向きを変えて総ちゃんに背中をむけた。これ以上話したらきっとこの部屋で泣いてしまう。
涙で総ちゃんの同情をかうようなマネはしたくなかった。自分が惨めになるだけだから・・・。

「別に・いいけど・・ただ、何処のどいつだ?お袋がお前に持ってきた相手の男・・・名前は聞いたのか?俺が知ってるヤツか?」

「知ってるよ。総ちゃんとの付き合いも長いんじゃないかな・・・」

「俺と付き合いの長いヤツ?」




「考ちゃんだよ。西門孝三郎・・・総ちゃんの弟だよ」


流石に顔色を変えた総ちゃん。
でも、私はそのまま部屋を出た。出てすぐに流れ出した涙はいくつもいくつも頬を伝わって廊下に落ちた。
誰にも見られたくなくて、手の甲で涙を拭ったら母屋でも人があまり通らない廊下を選んで自分の部屋まで戻った。


総ちゃんは・・・迷惑だって言ったんだね。その言葉が余計に私の胸に突き刺さる。


自分の部屋に戻ったら、ドアを閉めた瞬間その場に崩れ落ちた。
ここは母屋の外れだけど誰が部屋の前を通るかわからないから、声を出して泣くわけにはいかない。
口元を両手で押さえながら込み上げてくるものを必死で抑えこんでいた。

こんなに泣いたのは何年ぶりかしら・・・もしかしたらお葬式以来かもしれない。


「お母さん・・・私はどうしたらいいんだろうね。総ちゃんが見えなくなっちゃったよ・・・」

昔ならこんな時に小さなおにぎりが来たのにね。
20年も経ってからお母さんのおにぎりを思い出すなんて・・・。


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花より男子

6 Comments

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2017/09/23 (Sat) 12:36 | EDIT | REPLY |   

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2017/09/23 (Sat) 13:20 | EDIT | REPLY |   

plumeria  

Re: タイトルなし

みわちゃん様、今晩は!

あはは!類つくにですか?いやいや、ここはもうしばらく総ちゃんを見守っていただきたい。
今回は意固地な総二郎なんですよ・・・早くしないと取り返しがつかなくなるんですけどね!

キッともうすぐ総ちゃんの眼も覚めるはず・・・我慢して様子を見て下さい!
イライラさせてごめんなさいね?(笑)

今日もありがとうございました!

2017/09/23 (Sat) 18:33 | EDIT | REPLY |   

plumeria  

Re: 切なさチャンピオン

もも様、今晩は!

ねぇ!素直じゃないですよね!困った総二郎君です。
小さいときから知ってるって、いつそういう感情を告白できるのかなぁ・・・
なんて思ったりします。もう今更言えない・・・って事もあるんでしょうね。

今から邪魔が沢山入ってきますので、もも様、切なくならないで下さいね?
おそらくそのうち・・・でも、結構泣くかも。(予告)

最後はなんとかハピエンに・・・したいぞ?ッて思っています!

今日はありがとうございました!

2017/09/23 (Sat) 18:38 | EDIT | REPLY |   

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2017/09/26 (Tue) 22:57 | EDIT | REPLY |   

plumeria  

Re: タイトルなし

さとぴょん様、笑いすぎてコケた(笑)!

いや、この話、そんなんじゃないから(笑)‼️

山田くん、誰かと思いましたよ‼️山田くん…

2017/09/27 (Wed) 12:39 | EDIT | REPLY |   

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