10月の向日葵 (14)

つくしに持ってこられた話の相手が考だと聞かされた瞬間、お袋に対して異常なほど怒りを感じた。
そんなことを言われたらつくしは断れない。違うヤツだったら何とでも言えるが、考だと嫌だと言えないのがわかんなかったのか!
そう思った時、つくしはもう俺の部屋を出て行った後だった。


しばらくドアの外で止まっていた足音・・・少し泣き声が聞こえるような気がしてドアの前まで行ったけど開けることが出来なかった。
すぐそこにいるのは気配でわかる。でも、どう言えばいい?あまりにも突然すぎて俺の思考も完全に止まっていた。

そのうちにつくしは歩き出したんだろう、その足音が遠ざかっていった。

「くそっ・・・!なんで、考が出てくるんだ?お袋に泣きついたのか・・・昔から甘ったれたヤツだからな!」


自分のベッドに倒れ込んで、さっきのつくしの顔を思い出していた。

あれは子供の時から時々見せる困った時のつくしの顔だ。
最後まで悩んでも解決できなかったらあの顔で俺に助けを求めてきた・・・祥兄じゃなくていつも俺だった。
だから今日の相談はつくしにとっては悩みに悩んだ結果、自分ではどうしようもないってほどの内容だったはずだ。

それがわかっていてなんで俺はあんな言い方をしたんだ?何故もっと話を聞いてやらなかった!


答えは簡単だ、なんでもお袋の言うことを聞いてしまうつくしに腹が立っていたんだ。イヤなら断われば済むんだと教えたかった。

昔からそうだ・・・つくしを前にしたら素直になれなくてわざと突き放すような言葉を出してしまう。
つくしが俺の言葉で何回も泣いてるのも知っているくせに・・・それが、こんな大事な話の時でも出てしまった事が情けなかった。


祥兄がいたときにはつくしを取られそうで嫌だった。兄貴と女を取り合うだなんてみっともないと思った。
俺が次期家元だと公表されたら、今度は俺の相手としてはつくしを認めないと思った。
祥兄が許されたのは祥兄だからだ・・・俺になったら許してはくれないだろう。そう思ったらつくしの事を言い出せなかったんだ。
両親に言えば、逆につくしを西門から遠ざけて、俺にはどこかから適当な女が見繕われるような気がした。


それなら・・・もっと側にいたかった。類にも誰にも渡さないで、ここに留めておきたかった。
俺の気持ちが鎮まるか、つくしに好きな男が出来て嫁に行くか・・・俺が自分の将来に諦めがつくまで、このままでいたかったのに!


それが考の相手だと・・・?

そうなったら今度は義理の兄妹になる。そんなことは絶対に許せない・・・考とつくしが夫婦だなんて想像もしたくなかった。
考だってこの家の息子で師範免状を持っているんだ。何かとこの家と切れないんだから同居するかもしれない。


「くそっ・・・!どうすりゃいいんだ?」


俺の中で考が笑う・・・あいつは昔から俺の事を何かとライバル視している面倒くさいヤツだ。
時々感じることがあった。もしかしたら考は俺への恨みからつくしに近づいているんじゃないかと・・・。


*********


次の日、まだ体調はすぐれなかったけど、休んでもいられなくて仕事に来ていた。
幸い午前中はあまり忙しくはない。ゆっくりと事務処理を進めながら、これからのことを考えていた。
いつ頃家元夫人に話せばいいんだろう・・・そして、その時の返事はどうしたらいい?考えが纏まらないまま時間だけが過ぎた。


「牧野さん、花沢様がいらっしゃってるわよ?ちょうど休憩時間だから応接室にお通ししてるんだけど良かったかしら?」

「あ!はい、わかりました」

母屋の方から茶道教室事務所に連絡があった。
花沢類が西門に来ていると・・・これは、かなり珍しいことだった。
昔からこの家の堅苦しさが苦手なあの人達は西門に来ようとはしなかったから。総ちゃんが荒れ始めてからは特にそうだ。
この家の敷居を跨ぐ事なんてほとんどなかったのに。

急いで本邸の応接室に行くと、お茶を飲みながら花沢類がニコッと笑って待っていた。
その顔は今の私にはホッとする・・・いろんな事があってから張り詰めていた気分が解れていくような気がして私も少しだけ笑えた。


「どうしたの?いつもの笑顔じゃないね・・・何かあったの?総二郎と喧嘩でもした?」

「すぐにわかるんだね・・・でも、喧嘩じゃないわ。いろんな事があってね・・・ちょっとブルーだったの。花沢類こそどうしたの?
もしかしてフランスに帰るの?」

「ううん。実はね、しばらく日本支社で働くことになったんだ。向こうは父さんがいるから大丈夫なんだけど、何年かは俺が日本で
こっちの本社を纏めるようになるんだ。それが決まったから直接伝えたくて来たんだけど・・・牧野の方に何かがあったんだね?」

私の顔を見てすぐに察した花沢類・・・本当は総ちゃんにかけてもらいたかった言葉をこの人は簡単に出してくれる。
そして、優しい笑顔で包んでくれるから、ついその次の言葉が素直に出てしまった。

「・・・どうしたらいいかわかんなくて。もう、頭の中がぐちゃぐちゃで・・・」

「牧野・・・!何があったの?とにかく座って・・・落ち着いたら話してくれる?全部聞いてあげるから」

「ごめんなさい・・・ちょっと、待っててね・・・」


急に流れ出した涙をハンカチで拭きながら、花沢類の隣に座った。
そして、この後、私はこれまでの話を花沢類に話した。でも、総ちゃんにこれを話して拒絶されたことだけは話せなかった。

花沢類は特別表情を変えずに冷静に聞いてくれて、その間私の手をしっかりと持ってくれていた。
その温かい手のせいなのか、段々落ち着いてきて涙も止まり、花沢類の顔を見ることが出来た。


「どうしよう・・・どうやって断わったらいいのかがわかんない。考ちゃんは嫌いじゃないわ。でも、そんなふうに考えられないし、
この西門に私みたいな人間が入るなんて無理だよ・・・でもね、家元夫人の言うことは今まで絶対だったの」

「・・・総二郎には?言わなかったの?」

「総ちゃん・・・?総ちゃんは・・・」

この先の言葉が出ない。総ちゃんには見放されたの、なんて言えない。
いや、正確に言えば総ちゃんがどう思ったかがわからない。自分で決めろって言われたときには考ちゃんの名前を出してなかったもの。
私が黙ってしまうとくすっと笑い声が聞こえた。え?って顔を上げたら花沢類はいつもと変わらない顔で私の眼を覗き込んだ。


「な・・・なに?」

「そんなに心配しなくてもいいんじゃない?断わればいいんでしょ?牧野の意思じゃない事なんて無視したらいいじゃん」

「は?無視できるものなら無視するわよ!出来ないから悩んでるの!だって家元夫人だよ?」

「それでもいいんじゃない?牧野はもうここの後見から外れてるし、自立してるんだ。縛られなくてもいいんじゃない?
もっと自分の気持ち優先で生きていけばいいと思う。後悔するよ?・・・ここで、言うこと聞いて孝三郎と結婚したら・・・」

自分の気持ち優先で・・・それはそうなんだろうと思う。
後見も終わってるから正直言えば断わっても問題はないんだ。それで解雇されたらそれまで・・・ここを出て行けばいいだけのこと。
全部わかっているのにどうしても決心できないものがある。

「今まで牧野にかかった費用とか、育ててもらった恩だとかでしょ?今、牧野を苦しめているものって・・・それを解決してあげる」

「解決?・・・どうやって?」

「簡単だよ。花沢においで・・・俺の所に来ればいいよ。この前、プロポーズして返事待ちだったでしょ?その返事・・・聞かせてよ」


忘れてた・・・そう言えばそうだった。

私がその返事をどうしようかと考えていた時に、応接室のドアがノックされて家元夫人が突然入ってきた。
何故かすごく不機嫌な様子・・・花沢類は私に近づいていた姿勢もそのままに、家元夫人の方に顔を向けて驚いていた。
まさか、急に入ってくるなんて思わなかったんだろう。確かに返事も待たずにドアを開けるなんて私も思わなかった。

でも、さすが花沢類。スッと立って家元夫人に一礼して笑顔を作った。


「久しぶりですね、おば様。お元気そうで・・・突然入ってこられるから驚きましたよ。お人が悪い・・・」

「類君、久しぶりだわね。フランスでご活躍とか・・・噂は聞いていますよ。今日はつくしちゃんに御用なの?総二郎さんにじゃなくて?
何の用件だったのかしら・・・貴方のような立場の方が女性を訪ねて来るなんて。それこそ妙な噂が立ちますよ?」

「立ってもいいですよ?牧野の事はすでにポロポーズ済みですから。返事を聞きに来たんですよ。いけませんか?」


家元夫人は顔色を変えた。
花沢類の笑顔は変わっていない・・・私はこの2人の間にいてどうしていいかわからなかった。

「つくしちゃん、本当なの?花沢家から正式にお申し込みを受けていて、私には黙っていたの?」

「牧野に感情をぶつけるのは止めて下さい。これは花沢家として申し込んだものではありません。俺が個人的に申し込んだもの。
牧野の答えがもらえれば両親に会わせます。そちらこそ、牧野に何か無理を言ってはいませんか?」

「無理ですって?そんなことはないわ・・・つくしちゃん、そうよね?無理なんてことないでしょう?」


ここで無理ですって言えたらどんなにか楽だろうに、どうしても言えなかった。
総ちゃんの言葉も、花沢類の言葉も全部わかるけど、それよりもお世話になった20年間をなかったことには出来なかった。

「はい・・・無理ではないんですが、お時間をください、まだそこまでしか言えません。花沢類も・・・ごめんね」

「牧野・・・!」


「そう・・・では、もう少し待ちましょうか。類君、今後はつくしちゃんに会いに来るようなことは控えてちょうだい。
つくしちゃんの将来はこの西門が見ていきます。ご心配いらないわ。たとえあなたが総二郎さんの親友でも手を出していいものと
いけないものがありますよ。今日はもうお帰りなさい。花沢家にはこの私から直接連絡を入れておくわ」

「いいでしょう。でも、おば様、牧野は貴方の所有物ではありませんよ。総てが思い通りになんていきません。俺は諦めませんから。
ここでお会いするのはこれが最後かもしれませんね・・・それでは、今日は失礼します」


花沢類は私の顔を見ずにこの部屋を出て行った。
おば様もすれ違う花沢類を見ようともしない・・・私のせいで花沢類は西門の門をくぐることが出来なくなったんだ。


「つくしちゃん、それではお仕事に戻りなさい。お昼からの茶道教室が多い日でしょう?忙しいわよ」

「はい、申し訳ありませんでした。事務所に戻ります」


応接室を出て、茶道会館に向かう途中、本邸の廊下を歩く西門さんを今日も見かけた。
今日は西門さんも私に気がついた。

少しだけ頭を下げてこの場を離れる・・・西門さんがいつまでも私を見ていることを横目で確認しながら・・・。


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花より男子

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2017/09/26 (Tue) 23:12 | EDIT | REPLY |   

plumeria  

Re: タイトルなし

さとぴょん様、こんにちは🎵

あら、嫌いなタイプの家元夫人でしたか?
あれよりはいいかと思いますが…だめ?(笑)
子離れ出来ないおばちゃんになってしまいましたね。

孝ちゃん、溺愛なんですよ。
申し訳ありません…さとぴょん様、我慢して?(笑)

2017/09/27 (Wed) 16:44 | EDIT | REPLY |   

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