陽葵の旅立つ日・15
俺と陽葵を乗せた観覧車が動き出し、陽葵は嬉しそうに窓の外を眺めていた。
初めに見えて来たのはすぐ近くにある横浜赤レンガ倉庫・・・それを見ながら「お腹空いたね~」と色気のないことを言ってやがる。
ここを出たらあそこでランチだと言ってたが、こんな格好でいくのかと思うと気が滅入った。
赤レンガ倉庫の奥に見えるのは大さん橋。
豪華客船も停泊する文字通り大型の客船ターミナル・・・陽葵は「船ってあんまり乗ってないや~」とそこを指さして笑った。
「ねぇ、お父様」
「なんだ?」
「お母様と船の旅ってしたことある?」
「いや・・・ねぇな」
「そうなんだ~~~!そのうちしたらいいのに。のんびり出来そうじゃない?」
「・・・そんな暇はねぇよ」
「じゃあさ、もっと歳とったら私と行かない?そうねぇ、今度は親子水上デートで世界一周!」
「・・・馬鹿言え、そんなの許さねぇだろ」
「・・・・・・・・・そうかなぁ~」
ワザとあいつの名前は出さなかったが、そんな旅行を蓮が許すとは思えない。
たった1日のタンデムでさえ、本当は面白くねぇだろう・・・今日だって不貞腐れてるに違いねぇし、1日がすげぇ長いと思う。そんな男の気持ちを知ってんのかどうか判らない無邪気な顔で、陽葵は「乗ってみたいなぁ~」を繰り返した。
「それじゃ、今建造中の永住できる世界一周クルーズ船でも買ったらどうだ?」
「へ!そんなのがあるの?」
「あぁ、ワンルームが100万ドル(約1億4000万)かららしいぞ」
「ワンルーム100万ドル!」
それは居住型クルーズ船と言って、ワンルームから2階構造のものまであり、すでに購入受付も始まっている。液化天然ガスを燃料として、1000人の住人を乗せて地球を永久に周回クルーズをするらしい。
最も安いワンルームの価格は100万ドルだが、最も大きい物件の価格は800万ドル(約11億1500万円)。まぁ、道明寺グループの人間なら問題ねぇだろうが。
リモートで働く事も出来るし、ペットも飼える。水耕栽培ガーデンもあるし、フィットネス施設もプールもシアターもある。3年半で地球を一周する航海をずっと続け、各観光地での滞在日数は5日程度。
船内には医師、薬剤師、栄養士、理学療法士などの専門家が常駐し、緊急時のための病院やヘリポートも備えている・・・らしい。
そう言うと陽葵は窓の外を見ながら眉を顰め、「私は地面の上がいいなぁ~」と言った。
「やだやだ、お父様とお母様がそんな船の家を買ったら、私の帰る場所がなくなるわ~」
「阿呆、誰が買うか!」
「だよね?私はやっぱりあの長い廊下が好きだわ~」
「走りまくって叱られ、転けて大泣きばかりした長廊下なのに?」
「うふふ・・・・・・あの廊下を走ると、必ずお父様のところに行けると思ってたのよね・・・いつも『父ちゃま~』って呼んだら、何処からか飛んで出て来てくれたじゃない?」
「・・・・・・・・・大声で叫ぶから気になっただけだ///」
右に視線を動かせば、今度は山下公園と貨客船・氷川丸・・・陽葵は「カモメさんが見えないねぇ」と笑っていた。
頂上付近になると横浜ランドマークタワーと3棟のクイーンズタワーが目の前に・・・遠くに霞んだような東京スカイツリーも見えた。
新港ふ頭では新たな客船ターミナルが建設中らしく、そこを見て「今度来たときには完成してるのかしら」と微笑んだが・・・その時、少し淋しそうな表情に見えたのは気のせいだろうか・・・。
いや、俺がそんな顔をしていたのだろうか・・・・・・
そしてもう4分の3が過ぎた頃、上空の青空を見上げて・・・
「ねぇ、お父様」
「なんだ?」
「今年からまた鯉のぼりをあげて下さらない?」
「は?鯉のぼり?」
「・・・お父さん、お母さん、そして子どもの鯉が3匹・・・青に緑に、ピンクが1番下で」
「・・・・・・・・・・・・お前が見ないのに?」
「見られないから・・・あげて欲しいのよ」
そう言って苦笑い・・・その泣きそうな顔を見て思い出した。
弓弦が生まれた後の、こいつが俺達に甘えにくくなってしまった頃・・・庭の鯉のぼりを見て、拗ねて泣いた時の顔とよく似ていた。
自分のピンク色の鯉のぼりが、弓弦の青い鯉のぼりよりも下にあるからって・・・
『陽葵はピンク色の鯉のぼりが1番下だから嫌だって思ったんだろ?』
『・・・・・・・・・』
『でもな、1番下ってのは大事なんだぞ?
1番上の黒い父様の鯉のぼりは家族を守る為。次の赤い母様の鯉のぼりは子供を守る為。そして1番下の鯉のぼりは上に居る家族全員を支えてるんだ。
1番下ってのは悪い場所じゃなくて、強いヤツが守る場所だ。まだ弱い子供はまん中に入れて、全員で守る・・・だから陽葵の鯉のぼりはあそこなんだ』
『・・・ひま、強いでしゅか?』
『あぁ、頼りになるお姉ちゃんだ。だから弟を下から守ってる・・・陽葵があそこに居るから父様も母様も安心なんだ』
あれからこいつは急にお姉ちゃんになって、あまり泣き言を言わなくなった。
陽希が産まれた後も、まるで自分が世話係だと言わんばかりに・・・そして毎年あげていた鯉のぼりを嬉しそうに見上げてたっけ・・・
陽希が10歳の頃から鯉のぼりをあげなくなったが、もしかしたら陽葵が1番淋しかったのかもしれない。数年前、鯉のぼりが泳いでいない5月の庭を見上げて、「つまんないわね~」って言っていたのも思い出した。
そして観覧車が元の位置に戻り、俺達は2人きりだった空間から出て・・・・・・ふわっと俺の前を歩き、他のヤツらの中に溶け込みそうな陽葵の腕を慌てて掴んだ。
「・・・・・・?・・・どうしたの、お父様」
「あ、いや・・・なんでもない」
「やあねぇ、迷子になんてならないわよ?もう22歳なんだから!」
「・・・・・・・・・あぁ、そうだな。悪かった」
「さぁ、ご飯食べよ~~~~!お腹空いた~♪」
「・・・・・・・・・・・・」
「お父様、早く行くわよ~!」
「・・・あぁ」
陽葵がどうして観覧車に乗りたかったのかは知らない。
俺はそんなに乗りたかったわけじゃない。
が・・・この15分間、俺は陽葵を独占したような気分だった。
だから急にこいつがどこかに消えてくような気がして・・・・・・そんな大袈裟な話じゃねぇのに、何故かすげぇ感情的になって・・・
馬鹿じゃねぇの?
こいつは自分の夢のために世界に出て行くだけで、相手だって・・・・・・一応俺が認めた男だ。
何の問題もない・・・なにも変わらない、そんな事は判りきってるのに・・・・・・
「お父様~~~~!シカゴピザ食べない?!」
「は?」
「バルコニー席があるんだって!横浜港を見ながらピザ!素敵じゃない?」
「・・・お前が好きな店にすりゃいいだろう」
「やったぁ~~~♥」
シカゴピザってのは名前の通り、アメリカ・シカゴのB級グルメ。
別名を「ディープディッシュピザ」と言い、型を使ってケーキのような深皿生地を作り、そこにたっぷりの具とソースを詰め込んだヤツだ。
その店に入り、眺めのいい席を確保した陽葵はニヤニヤして気持ちが悪いほど・・・まるで5歳児のようにソワソワしながらピザを待ち、それが目の前に来たら目をキラキラさせて・・・
「ビールが飲めたら最高だったね!」
「お前、酒が飲めるのか?」
「やぁねぇ、少しは飲めるわよ。でもお母様と同じで強くないみたい」
「・・・・・・危ねぇやつだな」
「大丈夫、安心出来る人と一緒の時しか飲まないから」
「・・・・・・・・・・・・」
「だからさ、いつか一緒に飲みに行こうよ、お父様」
「・・・・・・あぁ、そうしよう」
「やったぁ!でも今はピザよ、ピザ!!」
陽葵と1つの皿のものを一緒に食う・・・・・・そのピザの味なんて、今日の俺にはよく判らなかった。

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ここを出たらあそこでランチだと言ってたが、こんな格好でいくのかと思うと気が滅入った。
赤レンガ倉庫の奥に見えるのは大さん橋。
豪華客船も停泊する文字通り大型の客船ターミナル・・・陽葵は「船ってあんまり乗ってないや~」とそこを指さして笑った。
「ねぇ、お父様」
「なんだ?」
「お母様と船の旅ってしたことある?」
「いや・・・ねぇな」
「そうなんだ~~~!そのうちしたらいいのに。のんびり出来そうじゃない?」
「・・・そんな暇はねぇよ」
「じゃあさ、もっと歳とったら私と行かない?そうねぇ、今度は親子水上デートで世界一周!」
「・・・馬鹿言え、そんなの許さねぇだろ」
「・・・・・・・・・そうかなぁ~」
ワザとあいつの名前は出さなかったが、そんな旅行を蓮が許すとは思えない。
たった1日のタンデムでさえ、本当は面白くねぇだろう・・・今日だって不貞腐れてるに違いねぇし、1日がすげぇ長いと思う。そんな男の気持ちを知ってんのかどうか判らない無邪気な顔で、陽葵は「乗ってみたいなぁ~」を繰り返した。
「それじゃ、今建造中の永住できる世界一周クルーズ船でも買ったらどうだ?」
「へ!そんなのがあるの?」
「あぁ、ワンルームが100万ドル(約1億4000万)かららしいぞ」
「ワンルーム100万ドル!」
それは居住型クルーズ船と言って、ワンルームから2階構造のものまであり、すでに購入受付も始まっている。液化天然ガスを燃料として、1000人の住人を乗せて地球を永久に周回クルーズをするらしい。
最も安いワンルームの価格は100万ドルだが、最も大きい物件の価格は800万ドル(約11億1500万円)。まぁ、道明寺グループの人間なら問題ねぇだろうが。
リモートで働く事も出来るし、ペットも飼える。水耕栽培ガーデンもあるし、フィットネス施設もプールもシアターもある。3年半で地球を一周する航海をずっと続け、各観光地での滞在日数は5日程度。
船内には医師、薬剤師、栄養士、理学療法士などの専門家が常駐し、緊急時のための病院やヘリポートも備えている・・・らしい。
そう言うと陽葵は窓の外を見ながら眉を顰め、「私は地面の上がいいなぁ~」と言った。
「やだやだ、お父様とお母様がそんな船の家を買ったら、私の帰る場所がなくなるわ~」
「阿呆、誰が買うか!」
「だよね?私はやっぱりあの長い廊下が好きだわ~」
「走りまくって叱られ、転けて大泣きばかりした長廊下なのに?」
「うふふ・・・・・・あの廊下を走ると、必ずお父様のところに行けると思ってたのよね・・・いつも『父ちゃま~』って呼んだら、何処からか飛んで出て来てくれたじゃない?」
「・・・・・・・・・大声で叫ぶから気になっただけだ///」
右に視線を動かせば、今度は山下公園と貨客船・氷川丸・・・陽葵は「カモメさんが見えないねぇ」と笑っていた。
頂上付近になると横浜ランドマークタワーと3棟のクイーンズタワーが目の前に・・・遠くに霞んだような東京スカイツリーも見えた。
新港ふ頭では新たな客船ターミナルが建設中らしく、そこを見て「今度来たときには完成してるのかしら」と微笑んだが・・・その時、少し淋しそうな表情に見えたのは気のせいだろうか・・・。
いや、俺がそんな顔をしていたのだろうか・・・・・・
そしてもう4分の3が過ぎた頃、上空の青空を見上げて・・・
「ねぇ、お父様」
「なんだ?」
「今年からまた鯉のぼりをあげて下さらない?」
「は?鯉のぼり?」
「・・・お父さん、お母さん、そして子どもの鯉が3匹・・・青に緑に、ピンクが1番下で」
「・・・・・・・・・・・・お前が見ないのに?」
「見られないから・・・あげて欲しいのよ」
そう言って苦笑い・・・その泣きそうな顔を見て思い出した。
弓弦が生まれた後の、こいつが俺達に甘えにくくなってしまった頃・・・庭の鯉のぼりを見て、拗ねて泣いた時の顔とよく似ていた。
自分のピンク色の鯉のぼりが、弓弦の青い鯉のぼりよりも下にあるからって・・・
『陽葵はピンク色の鯉のぼりが1番下だから嫌だって思ったんだろ?』
『・・・・・・・・・』
『でもな、1番下ってのは大事なんだぞ?
1番上の黒い父様の鯉のぼりは家族を守る為。次の赤い母様の鯉のぼりは子供を守る為。そして1番下の鯉のぼりは上に居る家族全員を支えてるんだ。
1番下ってのは悪い場所じゃなくて、強いヤツが守る場所だ。まだ弱い子供はまん中に入れて、全員で守る・・・だから陽葵の鯉のぼりはあそこなんだ』
『・・・ひま、強いでしゅか?』
『あぁ、頼りになるお姉ちゃんだ。だから弟を下から守ってる・・・陽葵があそこに居るから父様も母様も安心なんだ』
あれからこいつは急にお姉ちゃんになって、あまり泣き言を言わなくなった。
陽希が産まれた後も、まるで自分が世話係だと言わんばかりに・・・そして毎年あげていた鯉のぼりを嬉しそうに見上げてたっけ・・・
陽希が10歳の頃から鯉のぼりをあげなくなったが、もしかしたら陽葵が1番淋しかったのかもしれない。数年前、鯉のぼりが泳いでいない5月の庭を見上げて、「つまんないわね~」って言っていたのも思い出した。
そして観覧車が元の位置に戻り、俺達は2人きりだった空間から出て・・・・・・ふわっと俺の前を歩き、他のヤツらの中に溶け込みそうな陽葵の腕を慌てて掴んだ。
「・・・・・・?・・・どうしたの、お父様」
「あ、いや・・・なんでもない」
「やあねぇ、迷子になんてならないわよ?もう22歳なんだから!」
「・・・・・・・・・あぁ、そうだな。悪かった」
「さぁ、ご飯食べよ~~~~!お腹空いた~♪」
「・・・・・・・・・・・・」
「お父様、早く行くわよ~!」
「・・・あぁ」
陽葵がどうして観覧車に乗りたかったのかは知らない。
俺はそんなに乗りたかったわけじゃない。
が・・・この15分間、俺は陽葵を独占したような気分だった。
だから急にこいつがどこかに消えてくような気がして・・・・・・そんな大袈裟な話じゃねぇのに、何故かすげぇ感情的になって・・・
馬鹿じゃねぇの?
こいつは自分の夢のために世界に出て行くだけで、相手だって・・・・・・一応俺が認めた男だ。
何の問題もない・・・なにも変わらない、そんな事は判りきってるのに・・・・・・
「お父様~~~~!シカゴピザ食べない?!」
「は?」
「バルコニー席があるんだって!横浜港を見ながらピザ!素敵じゃない?」
「・・・お前が好きな店にすりゃいいだろう」
「やったぁ~~~♥」
シカゴピザってのは名前の通り、アメリカ・シカゴのB級グルメ。
別名を「ディープディッシュピザ」と言い、型を使ってケーキのような深皿生地を作り、そこにたっぷりの具とソースを詰め込んだヤツだ。
その店に入り、眺めのいい席を確保した陽葵はニヤニヤして気持ちが悪いほど・・・まるで5歳児のようにソワソワしながらピザを待ち、それが目の前に来たら目をキラキラさせて・・・
「ビールが飲めたら最高だったね!」
「お前、酒が飲めるのか?」
「やぁねぇ、少しは飲めるわよ。でもお母様と同じで強くないみたい」
「・・・・・・危ねぇやつだな」
「大丈夫、安心出来る人と一緒の時しか飲まないから」
「・・・・・・・・・・・・」
「だからさ、いつか一緒に飲みに行こうよ、お父様」
「・・・・・・あぁ、そうしよう」
「やったぁ!でも今はピザよ、ピザ!!」
陽葵と1つの皿のものを一緒に食う・・・・・・そのピザの味なんて、今日の俺にはよく判らなかった。

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