FC2ブログ

plumeria

plumeria

ほとんど寝ることが出来ず、ぼんやりと朝を感じていた。

ここは西門の俺の部屋だ・・・去年の秋に飛び出したままの俺の部屋。
あの日と何も変わらない部屋の自分のベッドで薄く眼を開けていた。随分と冷たい朝だ・・・朝メシの匂いもしない、優しい声も聞こえない、味気のない朝だった。

今は何時なのかも見ようとしないで再び眼を閉じて、昨日の出来事を思い出していた。


つくしはもう眼を覚ましているだろうか。赤ん坊はちゃんと呼吸してるかな・・・1ヶ月の早産なんて言われても俺にはピンとこない。
それがどのくらい子供に影響があるのかとか、この先何かリスクがあるのかとか・・・でも、祥兄が大丈夫って言ったんだからいいんだろう。そう思うしかなかった。

随分明るくなってきた頃、ドアの外から弟子の声が聞こえた。


「総二郎様・・・お目覚めでしょうか?」

「あぁ・・・なんだ?」

「お家元が眼が覚めたのなら茶室に来るようにと・・・そのように仰っておられます」

あぁ・・・本当に連れ戻されたんだとこの時に思った。親父とお袋がいるこの家に帰ってしまったんだな・・・俺1人で。
支度が出来たら行くからと弟子には伝えたが、身体は思うように動かなかった。急ぐ気にもならなかった。
そのぐらいどうでも良かったが、昨日の祥兄の言葉を思い出して身体を起こした。

『今の西門を見てこい・・・それはお前にも俺にも責任のあることだから』・・・グサッと俺の心に突き刺さった一言だった。


茶室に来いというならそれなりの支度をしてこいと言うのだろう。俺は着物に着替えて自室を出た。

そこから見えるのは見慣れたはずなのに、まるで他人の家の風景に見える庭・・・。
祥兄が懐かしい話をしていたな。つくしがとってくれって言っていた八重椿の木・・・今は5月だから当然花はないが今でも艶やかな葉を茂らせている。そんな小さな事もすべてつくしを感じさせて辛かった。


茶室に向かう途中、千春が部屋から出てきた。俺に深く頭を下げて申し訳なさそうな顔を見せている。
家元を待たせたついでだ・・・千春の側に行ってその顔を見た。あの日に比べてなんて穏やかになったものだと・・・。

「総二郎さん・・・お帰りなさい、そう言ってはいけないのでしょうけど」

「あんたが気にすることじゃない。類から全部聞いたから・・・助けてくれようとしたらしいな。ありがとう・・・って言っても捕まっちまったけどな」

「そんな言葉を出さないで下さい。私は何も出来ませんでしたわ。それに、祥一郎さんからも聞いたのでしょう?」

「あぁ、そのことは良かったと思ってる。俺と一緒になるより絶対に幸せになれるしな。それと、昨日つくしは祥兄の診療所で俺の子供を産んでくれたんだ・・・俺は見ることは出来なかったし、早産だけど・・・元気らしい」

「こんな時に1人で出産を?お可哀想に・・・心細かったでしょうに。あ、ごめんなさい!」

いいや、と首を振るしかなかった。千春のせいじゃないんだから。
きっとストレスが酷すぎて、子供の方が早くつくしを楽にさせてやろうとしたんだ。そう思うしかないだろう・・・そうでも思わなきゃ、俺自身耐えられなかった。


「それと祥兄がこの先の計画を立ててる・・・それを近いうちにあんたに話そう。悪いがその時も協力を頼むな」
「もちろんですわ・・・お家元が呼んでおいでなのでしょう?お時間を取らせましたね。どうぞ、お急ぎ下さいませ」

祥兄の提案は千春にも関係していたから、時間が出来たらゆっくり話すと言ってこの場は別れようとした。
この時、ふと気が付いた。この屋敷の庭や廊下・・・離れてはいるものの俺の事をさりげなく監視する眼がある。その姿をもう隠すこともなく、俺にここから逃げられないということを教えているかのようだった。

そして千春のすぐ後ろには小柄で大人しそうな女性が1人ついていた。ここでは見たことがない顔、俺が彼女を見たらチラッとその目が光った。


花沢の人間か・・・類がつけたというSPだとすぐにわかったから、何も声をかけずに千春から離れた。


**


「失礼致します。総二郎です」

「入りなさい」

茶室に入ると、そこでは家元が1人、静かに茶を点てていた。
そして俺を見るなり正面に座るよう眼で合図をしてきた。

「今日はお前に私の茶を飲んでもらおうと思ってな・・・このように正式なもの久しぶりだろう?」

「・・・そうですね。向こうには茶室というものはありませんでしたので」


滅多に見ることが出来ない家元の作法・・・やはり、まだこの人には到底及ばないと感じさせる空気感。何一つ無駄のない動きと、お世辞にも綺麗だと言えないその手なのに差し出さす時の所作の美しさには見とれてしまうものがあった。

「どうだ?私がお前に茶を点てるなど何年ぶりだろうな」
「・・・子供の時からですから15年くらいはいただいた記憶はありませんね」

「はは・・・そんなになるか。総二郎、この後はお前が私に点ててはくれないか?」
「私が・・・ですか?暫く茶碗をまともに持ってはおりませんが」

「ほんの数ヶ月のことだ。そんな短期間で簡単には忘れまい。そのぐらいお前は茶に打ち込んでいただろう。忘れることなど出来なかったであろう?本心ではここに戻りたかった・・・1つの事を除けばな。違うか?」

1つの事・・・それはつくしの事を言っているんだろう。だが、今でもここに千春がいると言うことは家元達の考えは変わってはいないということだ。何が言いたいんだ?少し家元の心が読めなくて戸惑っていた。

そして俺に茶を点てるようにと席を替わられた。
今度は俺が座っていた場所に家元が座り、俺の手元を食い入るように見つめている。
特に緊張するということはなかった・・・ただ、正式な茶室で行う作法にドキドキしたのは否定しない。

いろんな事を頭から除いて、俺はやはり興奮していた。この雰囲気に、空気に、眺めに・・・茶道に興奮していた。


つくしの事を頭から消したわけではなかったが、この一瞬だけは目の前の茶に集中しようと気持ちを鎮めて湯を沸かし、茶を入れて、ゆっくりと注ぎ・・・“いのり”を込めて茶筅を回した。

その最中の家元の視線も気にせず、俺は静かに茶筅を止めると家元の前に茶を差し出した。


「変わらんな・・・やはり、お前の茶道は美しい。戻ってきてくれて良かった・・・。総二郎、西門にはもう後がない。このままではこの家の歴史が止まってしまうところまで来ているのだ」

「・・・はい?どういう意味ですか?」

俺の茶を手に持ち、味わうように口元に運んだ家元。
でも、その表情には俺に対する今までの怒りというものではなく、何故か苦しそうな、悲しそうなものだった。


********

<side類>
次の日の朝、牧野は新生児室の前にいた。
ジッと保育器の中の子供を見てる。ガラス窓に両手を当てて少し悲しそうな笑顔で子供の顔を愛おしそうに眺めていた。
俺が近づくと顔を動かさずに話しかけてきた。

「ねぇ、花沢類・・・やっぱり総二郎の目元に似てないかしら。まだね、開けてないんだけどさ・・・切れ長っぽく感じるんだよね」

「どうかな・・・俺にはわかんないよ。でも口元は牧野に似てるよ?そこはわかる」

「そう?ふふっ・・・大きくならないとわかんないよね。この子・・・どこで大きくなるんだろうね」

どういう意味?この子が西門に奪い取られるって思ってるの?そんな事、絶対にさせない。
もしそうなったらあんたが泣き叫んでも2人をフランスに連れて行くよ・・・そんな言葉はやっぱり出せないけどね。

「牧野のとこで大きくなるに決まってるでしょ?ほら、この子も頑張ってるんだから、あんたも早く自分の身体を元気にしなきゃ!
大変だよ?あいつが戻ってくるまでは牧野がしっかり守ってやらないといけないんでしょ。朝ご飯・・・食べよ?」

「うん・・・もう少しだけ。もう少し見たら部屋に戻るから」


この会話の最中、子供から一度も目線を外さなかったね。
その子の中に総二郎を見てるの?振り向いたら俺がいるよ?なんて心で呟いても、あんたは気が付きもしないね・・・。


「その子の名前、考えてるの?」

「うん、考えてるよ。私ね・・・多分男の子が生まれるような気がしていたから、毎日男の子の名前を考えていたの。だからね、もう決めてるの。総二郎に相談してから決めたいんだけど・・・話せるかなぁ。でも、怖いな・・・」

「大丈夫・・・話せるよ。でも向こうの様子がわからないから、総二郎から電話がかかることになってるんだ。必ずかけてくるよ。昨日の夜も牧野と話したいって言ってたけど寝ていたからやめたんだ」

そのあと俺は牧野が祥兄に怒られて部屋に戻るまで一緒に新生児室の前にいて、一緒に子供を眺めていた。

こんなに小さくて頼りなげな命・・・誰かがついててやらないと消えてしまいそう。
まるで触ると折れちゃうんじゃないかってぐらい細い手足・・・裸で保育器に入れられてるから可哀想だって泣いてたね。


何処かで聞いたことがあるよ。

子供って産まれた時にしっかり手を握って産まれてくるけど、その時、手の中には「幸せ」が握られているんだって。
だけど手を広げた時にそれが逃げていくんだ。
人は自分が逃がした「幸せ」を探して、もう一度それを掴むために生きていくんだって・・・。


俺は父親じゃないけど、この子が自分の幸せをその手に掴んでくれること祈ってるよ。


sun-flower-2470367__340.jpg


関連記事
Posted by

Comments 4

There are no comments yet.
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/01/08 (Mon) 00:08 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さとぴょん様・・・今晩は!

そうですよね(笑)
帰ってきたと言うよりは捕まってしまっただけのような・・・。

まぁ、私もこの話の中の家元も家元夫人もイマイチなのでねぇ。
さとぴょん様がハリセンしたいなら止めませんが(笑)

類の言葉はですね、実際に私が言われた言葉なんです。
何処かの誰かさんが言ったのかどうかも知らないんですけどね。

病院の看護婦さんがそう話してくれたんですよ。
うちの子も保育器に入ったので、その前でわんわん泣いたんです。
病気だったとかじゃないんですけど、黄疸が出まして私と一緒には退院できなかったんですよ。
ほんのちょっと入院しました。

私が産んだ産婦人科は結構大雑把な先生でしてね。
今考えたら不思議なんですが、お腹のサイズとか計るでしょ?
そのベッドが何故か廊下でして、男の人がいたら見えるんですよ。

それなのに「計ろうか~、そこに寝て~」とか平気で言うんです。
いやいや、先生、自分の旦那にも見せたくないのに、なんで余所の旦那に見せるのよ?って思いました。

それに、うちの子は誕生日が8日なんですが、

「明日になったら9日生まれでしょ?8の方が末広がりで良くない?今日、産んじゃおうか!」って言ったの。

いやいや、先生世の中には普通に9日が誕生日の人、沢山いるから!って思いましたが、
先生の気分で8日に産んだんです。しかも夜の11時45分。

なぜ、8日に拘ったのか、今でも謎です。

あら?話が脱線しちゃった!(笑)

2018/01/08 (Mon) 17:42 | EDIT | REPLY |   
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/01/08 (Mon) 23:30 | EDIT | REPLY |   
plumeria  
Re: タイトルなし

さとぴょん様、おはようございます!

あらあら、お姉様も大変でしたねぇ!
でも思ってなかったものまで処置できて良かったですね!

私は働いていたので大きな病院は時間がかかるから個人病院にしました。
8日に拘ったのは理由があったんですよ!後で聞いたんですけどね。
どうもその病院は8日に赤ちゃんが全員退院して0人になったんですって。
産婦人科に新生児がいないのが寂しくなるからってどうしても私に早く産んで欲しかったらしいです。

その後、何人か産まれて、うちが退院するときは4人ぐらいいましたけどね。

手術中といえば、私がアキレス腱を切ったときの手術が半身麻酔だったので意識があったんですが
同じ事がありましたよ。

「今日、何処に食べに行く?」
「この前新しく出来た店に行こうか?」

って聞こえてきました(笑)よく覚えてます。腹が立ちましたもん!
で、アキレス腱なので、顔を横に向けてうつ伏せてるんですよね。
その目線の先に麻酔科の先生がいたんですが、週刊誌読んでました(笑)

手術ってそんなものなんですかね・・・ま、いいんだけど!

2018/01/09 (Tue) 08:11 | EDIT | REPLY |   

Leave a reply